「日本でも指折りのハウスメーカーである東洋ハウスさんは、瑞豊木業の技術と協力の姿勢を高く評価し、そして信頼したからこそ、主要部材を御社に任せてきたのです。この1年4ヶ月のあいだ毎月10コンテナ、約50リューベー(m3)のオーダーを継続していただいたのも、御社を信用していたからなんですよ。それを、今になって急に10パーセント以上値上げすると言われても、我が社はもちろんのこと、東洋ハウスさんも承服できません」
岩本の声高な話を幸一が懸命に通訳するが、聞いているのかいないのか、清義は目を閉じたままでいた。
幸一の話が途切れると、清義が再び口を開いた。
「三栄木材さん、それに東洋ハウスさんの、弊社へのご厚情は決して忘れておりません。工場内部で対応できることならば、我々はどんな労力も惜しまず協力させていただきます。しかし、今回のロシア輸出関税問題や中国元高、税金などといったことは、外部的な要因なのです、我々にはどうしようもありません。
取引の開始から、ずっと我々の姿勢は一貫しています、利益が出なくても、安定した注文をいただける三栄木材さんには協力を惜しまないつもりです。だが、赤字では継続は難しい。55ドルで500リューベー、つまり2万7500ドルのマイナスを毎月負担し続けることは不可能です。
どうか値上げを受け入れていただけるよう、東洋ハウスさんを説得していただけませんか。我々は、赤字にさえならなければ、継続したいという気持ちに変わりはありません」
「そんな。我々が培ってきた信頼関係とは、そんなに脆いものだったのですか。世界的に資源価格が上昇しているのは分かります。しかし、メーカーさんの信頼を獲得するまでに払ってきた、今までの努力を無にしたくないんです。皆さんもそう思いませんか?」
岩本の情に訴える言葉も虚しく響き、室内は沈黙に包まれた。やむをえないという空気が熟成された頃合いを見計らい、煙草を揉み消した隆嗣がようやく発言を始めた。
「岩本社長、劉さんが言うとおり、今回はあくまでもロシア政府が出した関税アップが原因なんです。これは日本にも伝わっていることでしょうから、東洋ハウスさんに説明して理解いただくわけには参りませんか。木材という素材産業は、原材料費がコストの6割から7割を占める付加価値の低い業種です。工場側もコストアップを吸収できる余地はない」
「それは私にも理解できますが、しかし、日本の住宅市場は厳しさを増す一方だ。とても値上げを受け入れてくれる余地はないでしょう……。瑞豊木業にとっても、日本の大手メーカーと付き合ったからこそ今まで安定した経営が出来たはずなのに、正直言って、こんなことになってがっかりですよ。
彼らは自分勝手に値上げを呑んでくれなければやめるの一言で済んでも、我々はそういう訳にはいかないんだ。供給責任というものがありますからね。東洋ハウスからの信用を失くせば、他の仕事にも影響が出るだろうし、納品ストップとなれば、下手をすればペナルティーとして違約金を要求されるかもしれない」