「自ら直すか、怒られて直すか選べ」
忖度を押し付ける無責任な上司たち

 もちろん、悪い忖度もある。ある20代の女性はこう語る。

「学生のアルバイト時代、サービス残業が常態化していました。まだ仕事をしているのに、時間になるとみんながタイムカードを切るんです。店長からそういう指示があったわけではないのですが、常に『今月の売上もヤバいな。このままじゃ店がつぶれちゃうかも』と連呼していた店長だったので、みんなが忖度したんだと思います」

 違法性のあることを「指示」するのではなく、「忖度」させる。まさに悪い忖度である。

 さらに40代の女性は、こんなエピソードを明かしてくれた。

「ある時期、私を含めた女性派遣社員のなかで遅刻や欠勤が頻発したり、仕事中に音楽を聴いたり、全体的に勤務態度が良くない時期がありました。『緩み過ぎているなぁ』と思っていたところ、厳しい上司からわざわざ呼び出され、『自分たちで緩くなっているところを自主的に直すか、上司から怒られて直すか選択するように』と言われました。

 居心地のよい自由さがなくなると思い、前者をとって私が言い出しっぺになり、かなり面倒な目に遭いました。しかし、よくよく考えてみると、本来はその上司が注意すれば良かったことです。上司は自分が悪者になるのも嫌だったし、たぶん、私だったら自分たちで直すほうを選ぶとわかっていて、そういう注意の仕方をしたのかなと思います。ちょっと意味合いが違うかもしれないですが、忖度を強要された経験として記憶しています」

 自分の意向、特に違法性があったり、自分で手を下すことが面倒だったりする内容を相手に伝える場合、忖度という言葉ほど便利なものはない。森友学園の疑惑にも共通していることだが、そこに権力が絡むと、さらにことは厄介になる。結果的に生じた事態の責任を誰がとるのか。その所在が曖昧になるのが、忖度の悪いところである。

 さて、この連載も今回で最終回になる。連載45回目を迎えてついにネタがなくなったのか、はたまた45回も「めんどい人々」を取り上げる筆者こそが面倒臭い存在だということに気がついたのか。理由はご想像にお任せするが、詳細については忖度していただけると幸いだ。

 当記事についてご意見がある方は、筆者のTwitterアカウントにご連絡いただきたい。すべてに返信できないとは思うが、必ず目を通したいと思う。

(フリーライター 宮崎智之)