河原温という美術家がモデルです。小説を書き始めたころ(2014年)に訃報を聞きました。それまでよく知る作家ではなかったのですが、知人のコレクターが作品を持っていたこともあり、興味を持って調べ始めました。世界的な知名度も高い方でしたが、1960年代を最後にメディアなどに一切登場せず、長年「謎の作家」と目されていました。

──川田無名の弟子らが工房で作品を制作する様子が小説に出てきます。

 河原温さんは姿を現さない代わりに、自分自身の手で作った作品を世に出すことで存在を証明している方でしたが、現代アートでは村上隆さんをはじめ工房制を採用する人が少なくありません。美術にゆかりのない一般の方が見れば、工房制では作家が自分で作品を作っていないのに「なぜこんなに高い値段が付くのだろう」と感じると思います。そこに問題意識はありました。

 ただ村上隆さんが言うように、歴史を振り返ると「工房で作られた美術の方が主流」で、一人の作家が作るようになったのは最近のことです。そうした面でも世間一般のイメージを覆し、小説を通じてなるべく美術の理解につながればとは思っていました。

ビジネスの成功者が
アートの世界に向かうのはなぜか

──小説の書き出しをどう描くか、迷いはありませんでしたか。

 特に迷いはなかったかもしれないですね。ギャラリー業務の中で最も導入に向いている場面を考えてみると、最初はコレクターが訪れる場面なのかな、と思いました。

――ギャラリストだった経験を大いに生かされていますね。

 (働いていたギャラリーの)代表がすごい方で、本当に働いていた時期から「この人の言うことは面白い」と思っていました。『神の値段』も、この方が言っていたことを聞いて書いた部分があります。

――ビジネスの成功者などがよくアートの世界に向かうのはなぜなのでしょう。

 宝石とか車ではなく、アートを買うというのは、アーティストの考え方に感銘を受けているのかもしれません。ギャラリーをやめてからも定期的に食事をご一緒しているコレクターの方がいます。