1週間で「数か月×巨額のコスト」の価値のある仕事をする

 よいアイデアはなかなか見つからない。またどんなによいアイデアでも、実世界で成功するかどうかはわからない。このことはスタートアップの経営にも、クラスでの授業にも、大企業で働くことにもあてはまる。

 一口に「実行」といっても、簡単なことじゃない。どこに一番力を入れるべきか? そもそもどこから手をつければいいのか? このアイデアを具体化するとどうなるのか? それを考えるのに、有能な1人を任命するのがいいか、チーム全体でブレーンストーミングをしたほうがいいのか? 会議や議論を何度くり返せば確信がもてるのか? そしていったん決定したら、誰が責任をもって実行するのか?

 投資先のスタートアップがこういう重大な問題に答える手助けをするのが、GVのパートナーである僕らの使命だ。

 僕らは時間給のコンサルタントじゃない。投資家だ。スタートアップの成功が、僕らの成功になる。スタートアップがすばやく問題を解決し、自立するのを助けるのが目標だ。そのためにスプリントのプロセスを調整して、最小限の時間で最大限の結果を出せるようにした。

 このプロセスの何がいいかといえば、チームにすでにそろっている人材、知識、ツールを活用できる点だ。

 スプリントを行うスタートアップは、堂々めぐりの議論をすっ飛ばして、たった1週間で数か月分の仕事をやってのける。ベータ版の製品を公開するまでアイデアの検証を待つ代わりに、リアルなプロトタイプを使って明快なデータをすばやく手に入れる。

 スタートアップは、スプリントからとてつもない力を得ている。なにしろ巨額の投資を行う前に、未来へ時間を早送りして、完成した製品と顧客の反応をかいま見られるのだ。リスキーなアイデアがスプリントで成功すると、莫大な成果が得られる。

 だが費用対効果が最も高いのは――もちろん痛みは伴うが――失敗したときだ。たった5日間の作業で重大な欠陥を発見できるのは、効率の極みだ。実地の経験を通して、しかも手ひどい損をこうむらずに学習できるのだから。

とにかく実践的に「やり方」を教えよう

 GVはファンデーション・メディシン(高度ながん遺伝子検査の企業)、ネスト(スマート家電のメーカー)、ブルーボトルコーヒー(もちろん、コーヒーのメーカー)などの会社とスプリントを行ってきた。

 新規事業の実行可能性を評価したり、新しい携帯用アプリの初期バージョンをつくったり、数百万のユーザーがいる製品を改良したり、マーケティング戦略を決定したり、医療検査報告書をデザインしたりするのに、スプリントを活用している。スプリントは次の戦略を練る投資銀行にも、自走車をつくるグーグルのチームにも、数学の大きな課題にとりくむ高校生にも役立っている。

 あなたもこの本を独習ガイドにして、ビジネスの重大な問題に答えを出すために、自分なりのスプリントを行ってほしい。

 月曜日に問題を洗い出して、どの重要部分に照準を合わせるかを決める。
 火曜日に多くのソリューションを紙にスケッチする。
 水曜日に最高のソリューションを選ぶという困難な決定を下し、アイデアを検証可能な仮説のかたちに変える。
 木曜日にリアルなプロトタイプを完成させる。
 金曜日に、本物の生身の人間でそれをテストする。

 この本は小難しい理論は抜きで、細かいところまで掘り下げてやり方を説明する。これを読めば、いま一緒に働いている人たちの中から完璧なスプリントチームを選抜する方法がわかる。大きなことや(チームの多様な意見と1人のリーダーのビジョンの両方を最大限活用する方法など)、中くらいのこと(チームが3日間連続でスマホとPCをオフにしなくてはいけない理由など)、細かいこと(ランチを午後1時に食べなくてはならない理由など)を学べる。

 隅々まで行き届いた、パーフェクトな完成品はつくれないが、急速に前進し、正しい方向に向かっているという確信をもつことができる。

 これから紹介する考え方のなかには、なじみ深いものもあれば、初めて聞くものもあるだろう。リーン開発やデザイン思考にくわしい人は、スプリントを通してそうしたアイデアを実地にあてはめることができる。アジャイル型の開発プロセスを用いるチームは、僕らの「スプリント」を異質だが補完的なアイデアと考えてほしい。

 こういった手法を聞いたことがない人も、心配は無用。大丈夫だ。

 この本は専門家であれ初心者であれ、大きな機会や問題、アイデアにとりくむすべての人に役立つ内容になっている。ここで紹介するどのステップも、100回を超えるスプリントを通して十分に試行、検証、計測され、増え続けるスプリント経験者のフィードバックによって精緻化されている。効果がないものは、そもそもとりあげない。

 巻末には、ショッピングリストや曜日ごとの進行表などのチェックリストを載せた。だから、読みながら全部暗記する必要はない。どんどん読み進め、スプリントを実行する準備ができたら、巻末でチェックリストが待っている。

 とはいえ、スプリントを開始する前に周到な準備をしておかないと、成功はおぼつかない。これからその準備をする方法を説明しよう。

ジェイク・ナップ他著、櫻井祐子訳『SPRINT 最速仕事術』(ダイヤモンド社刊)のイントロダクションより)