唯一無二の本
このアイデアこそ、本書が私の主要な研究であるゆえんだ。雛形(ひながた)になるたったひとつのアイデアから始めて、私は考察のたびに一歩ずつ進化させてきた。だが、その最後の一歩、つまり本書は、大ジャンプと言ったほうが私の感覚に近い。私は今、“実践的な私”、つまり私の実践家魂と再びひとつになっている。というのも本書は、実践家や「変動性(ボラティリティ)の専門家」としての私の歴史全体と、ランダム性や不確実性に関する私の知的・哲学的な興味を、ひとつに融合させたものだからだ。このふたつは、今の今まで別々の道をたどっていたのだ。
私の著作は、具体的なトピックについて書いた独立型のエッセイではない。始まりと終わりがあるわけでもないし、賞味期限があるわけでもない。むしろ、核となるアイデアから枝分かれした、独立した章の集まりである。
著作全体のテーマは、不確実性、ランダム性、確率、無秩序だ。人間には理解できない世界、目に見えない要素や性質に満ちた世界、ランダムで複雑な世界をどう生きればよいのか。ひと言でいえば、不透明性のもとでの意思決定だ。私の著作群は『Incerto』と呼ばれ、(今のところ)三部作+哲学的・専門的な補遺からなっている(訳注)。書くときの決まり事というのがあって、ある本(たとえば本書)の任意の章と、別の本(たとえば『まぐれ』)の任意の章との距離感を、一冊の長い本の章同士の距離感と同じにするようにしている。この決まり事のおかげで、混乱することなく、科学、哲学、ビジネス、心理学、文学、自伝を自由自在に横断できるわけだ。
そこで、この本と『ブラック・スワン』の関係について言っておくと、次のようになる。時系列には反するが(本書は『ブラック・スワン』のアイデアから、自然で規範的な結論を導き出したものだ)、本書のほうが主要書である。『ブラック・スワン』はいわば本書の補助的な作品であり、理論的な裏づけを提供している。本書のミニ付録のようなものといってもいいかもしれない。なぜか? 『ブラック・スワン』(とその前作の『まぐれ』)は、危機的な状況をみんなに訴えるために書いたもので、そこにかなりのウェイトを置いていた。でも本書は、次のふたつを前提として書きはじめている。
(a) ブラック・スワンが社会や歴史を支配していること(そして、後付けの合理化により、人間がブラック・スワンを理解できると思いこんでいること)。
(b) したがって、特に非線形性が激しいところでは、何が起こるかなんてわかったものじゃないこと。
この前提のおかげで、すぐに本題に入ることができるわけだ。
訳注 『Incerto』はラテン語で「不確実な」という意味。今のところ、『まぐれ』『ブラック・スワン』(『強さと脆さ』も含む)、本書の三部作と、『ブラック・スワンの箴言』『Metaprobability, Convexity, & Heuristics: Technical Companion for The INCERTO(メタ確率、凸性、ヒューリスティック──Incertoの技術的手引書)』の五つで構成されている。最後の手引書はウェブで無料公開されている300ページ超の論文集で、数式を使った専門的解説がなされている。