生きていくとは
どういうことなのか

 死亡を偽装をしようとする人がいれば、実際には死んでしまったのに、死んだはずがないと信じ込んでもらえる人もいる。かつてはエルビス・プレスリーであり、現在ではマイケル・ジャクソンだ。カヌーマンの次には、そういったことを信じる「ビリーバー」たちを尋ね、その心理を探り、偽装死亡をいわば裏面からながめていく。意外にも、ビリーバーたちはえらくまともな人たちだ。それだけに、マイケルが生きているとして挙げられている証拠を読んでいると、ひょっとしたら、と思えてきてしまう。

 カヌーマンの息子たちと同じように、親が偽装死亡したことを知らずに過ごし、後に知るにいたった子どもがいる。カヌーマンの妻と同じように、偽装死亡の共犯者になるようにと命じられた子どもがいる。その人たちは、大きな心の傷を負うことになった。ここまでネガティブな取材内容を手にしたにもかかわらず、グリーンウッドはひるまない。いよいよ最後の章では、フィリピンで自分の死亡証明書を手に入れることに成功する。

 結論から言えば、偽装死亡はきわめて困難であるし、やるべきではない。なんといっても犯罪、それも多重犯罪になる可能性が高いのだから当然だ。もし、あなたが、死亡を偽装してまで人生をやりなおしたいと真剣に考えているのなら、絶対にこの本を読むべきだ。そんなことをするくらいなら、まっとうな生き方を続ける方がはるかにたやすいということがわかるだろう。そんなことは考えないという大多数の人にとっては、数多くの驚くべきエピソードを読みつつ、はたして生きていくとはどういうことなのかについて、不思議な角度から考え直すことができる一冊になっている。

(HONZ  仲野徹)