相手の「信義」を信じて、妥協はしない

 これでは埒が明かない……。
 そう思った私は、華僑の知り合いのルートを辿って、タイのライター製造会社のオーナーに会いにいくことにしました。「敵」と直談判することにしたのです。もちろん、ひとりで。

 私の部下は、「こちらは報復の手段をもっているわけではないから、言うことを聞くわけがない。身の危険さえあるかもしれない」と反対しましたが、私は「人間対人間として話しに行くんだから、話を聞いてくれるかもしれないよ」と応えました。確信はありませんでしたが、膠着状態を打破するためには、この手しかないと考えたのです。

 オーナーは華僑のタイ人でした。
 彼のオフィスを訪ねると、彼もひとりで私を出迎えてくれました。「よくひとりで来たね」と感心して、歓迎してくれました。ところが、彼は中国語とタイ語しかできない。私は中国語もタイ語もできません。幸い、彼の息子さんは英語ができたので、彼に通訳をお願いして3人で会談を始めました。

 言うことは決めていました。
「あなたのような誇り高い華僑が、模造品を密輸するようなことをやっちゃいけない」

 華僑と付き合うのは難しい、とよく言われますが、私はそんなことはないと考えています。彼らは儒教の影響を強く受けていますから、「信義」というものに重きを置くからです。もちろん、そうではない華僑もいますが、それは日本人だって同じ。「信義」を重んじる人間もいれば、そうではない人間もいる。ただし、華僑で「信義」を重んじる人間は、きわめて厳格にそれを実践します。私は、それに賭けたのです。

 そして、私は用意していた言葉を、まっすぐに彼にぶつけました。
 もちろん、話は簡単ではありませんでした。彼にとっても密輸は大きなビジネスでしたし、関係者も多い。何かを決断するのは覚悟のいることでしょう。だから、押し問答のようになった局面もありました。それでも、相手の「信義」を信じて、私は一切の妥協を示しませんでした。すると、最終的には「わかった」と言って彼は握手を求めてきました。

 マレーシアに帰って、部下たちに「やめると言ってくれたよ」と報告すると、「ああ、そうですか。それはよかったですね」とみんなニヤニヤ笑っていました。要するに、私が“空手形”をつかまされたと思ったわけです。正直、私も半信半疑ではありました。しかし、その後本当にタイからの密輸はピタッと終結。これには、今度は私が感心しました。だから、丁寧にお礼の手紙を書いて送りました。こうして、「敵」だった彼との付き合いが始まったのです。