「厳しい場所」にはひとりで行きなさい
後日談があります。
実は、そのころから東南アジア諸国で貿易自由化の動きが活発化していました。ライターの関税も、40%が30%へ、さらに27%、15%と下がっていきました。それくらいならば心配ありませんでしたが、近い将来0%になるのは確実でした。
だから、私ははやめにライター生産からは撤退すべきと決断。すると、部下が「商権はどうするんですか?」と聞いてきました。私がライターに名付けた「アラジン」という名称が、マレーシアではトップブランドだったからです。
そこで、私は一計を案じました。
例のタイ人のオーナーに「アラジン」のブランドでOEM生産(他社ブランドの製品を製造すること)を引き受けてもらおうと考えたのです。実は、私たちは月産280万個でしたが、彼らは月産4000万個。関税がなくなれば全く勝ち目はありません。しかも、かつては粗悪品だった彼らのライターも急速に品質を向上させていたので、OEM契約をしてもいいだろうと判断したわけです。
まだ関税が0%になったわけではありませんから、私たちのビジネスは十分利益を出せる水準でしたので、話をもちかけたタイ人オーナーも「え? なぜやめるんだ?」と最初は半信半疑。しかし、オーナー・ファミリーをペナンに招待して、工場をはじめすべてを見せて、「マレーシアの280万個のマーケットは全部あなたに渡す。その代わりちゃんとOEMで協力してほしい」と言うと、「もちろん」とOEM生産を引き受けてくれたのです。
実際に、彼は誠実にビジネスを進めてくれました。
結果、かつて自社で製造したよりもはるかに安価にライターを仕入れることができるようになりました。私たちは、もてる営業力を駆使して大々的に販売しましたから、お互いに大きなメリットのある取引となったのです。
この5年後には、予想どおり関税は撤廃。あのままビジネスを続けていたら、危険な状況に陥っていたでしょう。かつての「敵」を「味方」にすることで、私はその危機を未然に避けることができたのです。
これは、私の長いビジネス経験のなかでも、非常によい思い出です。
いつもこんなにうまくコトが運ぶわけではありませんが、このとき私が単身タイ人オーナーのところに乗り込んでいかなければ、決して起こらなかった出来事です。たったひとりで覚悟を決めて相手と向き合うことで、「敵」ですら「味方」にすることができる。これは、私の信念となっているのです。
だから、若い人たちにも、難しい局面でこそ、ひとりで交渉に臨む覚悟をもってほしいと願っています。その覚悟が、確かな信頼を勝ち取る鍵であり、人生を大きく拓いていく起爆剤になるのです。