一流のプロが必ず身につけている「戦略的反射神経」

拙著、『知性を磨く』(光文社新書)では、21世紀には、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という7つのレベルの知性を垂直統合した人材が、「21世紀の変革リーダー」として活躍することを述べた。この第29回の講義では、「技術」に焦点を当て、拙著、『意思決定 12の心得』(PHP文庫)において述べたテーマを取り上げよう。

大企業部長とベンチャー経営者

 今回の連載では、「意思決定」の力を身につけるために必要な「直観力」「説得力」「責任力」という「3つの能力」について述べてきたが、前回は、これらのうち、「責任力」について述べ、特に、「リスク・マネジメント能力」について述べた。

 実は、この「リスク・マネジメント能力」には、大きく二つの能力がある。そこで、今回は、この二つの能力について語ろう。

 まず最初に、筆者が25年前に経験した一つのエピソードを紹介しよう。

 当時、我々が設立したばかりのシンクタンクは、多くの企業に参加を呼びかけ「異業種コンソーシアムによる新事業開発」という戦略をとっていたが、あるコンソーシアムの設立総会を開催し、その後の懇親パーティーのことである。

 このコンソーシアムに参加を決めた大企業やベンチャー企業の責任者が集まって立食形式で意見交換をしていたところ、ある大企業の部長が筆者のところにやってきた。そして、屈託なく、こういう話をした。

「このコンソーシアムのめざしている新事業開発は、当社としても非常に興味があるのですよ。そこで、このコンソーシアムに参加したのですが、実は、当社は、古い業態から脱却しようということで、今、さまざまな新事業開発に取り組んでいます。だから、このコンソーシアムのめざす新事業以外にも、当社独自に、いろいろな分野の新事業をめざしてプロジェクトを動かしています。私は、新事業開発担当部長として、それらのいずれにも責任を負っているのですが、なかでも、このコンソーシアムの新事業には大いに期待していますよ!」

 しばらくして、今度は、あるベンチャー企業の経営者が私のところにやってきた。やはりコンソーシアムのメンバーである。しかし、この経営者は、真剣な表情で、コンソーシアムの責任者である私に、このような話をした。

「当社は、小さなベンチャーであり、この新事業に賭けています。当社だけでも、何とかこの新事業を立ち上げられるという読みはあるのですが、やはり新事業開発には大きなリスクがあります。そこで、自社だけではなく、大手のA社とも提携して市場展開をすることを決めていました。しかし、それでもまだ何か足りないと思っていたところ、そこに、このコンソーシアムです。だから、参加しました。いざというときは、このコンソーシアムの戦略が頼りです。今後の展開によっては、このコンソーシアムの戦略が当社の中心戦略になるかもしれません。だから、よろしくお願いしますよ!」

二つのリスク・マネジメント戦略

 どちらの意見も、コンソーシアムの責任者としては、その責任の重さを感じる意見であった。まさに、襟を正して聞くべき場面である。

 しかし、この二人は、どちらも、新事業開発に対する明確な責任を負い、新事業に伴うリスクについても真剣に考えているが、実は、全く違った「リスク感覚」に基づいて話をしていた。

 すなわち、この大企業の部長と、ベンチャー企業の経営者の二つの意見をよく比べてみると、実は、「リスク・マネジメント」というものに対する全く異なった戦略をとっていることに気がつく。

 それは、「リスク・ポートフォリオ戦略」と「リスク・リダンダンシー戦略」という二つの戦略である。

 まず、この大企業の部長が無意識にとっている戦略が、「リスク・ポートフォリオ戦略」である。この戦略は、比較的よく知られている戦略であるが、複数の戦略を組み合わせておき、全体として「リスク分散」を図ろうとする「統合戦略」のことである。

 分かりやすく言えば、「あちらの戦線で敗北しても、こちらの戦線で勝利するので、統合戦略全体としてのリスクは分散できる」という発想である。

 このリスク・ポートフォリオ戦略は、このエピソードにも象徴されているように、戦線を広げる「体力」のある大企業などがしばしば用いるリスク・マネジメントの戦略である。逆に言えば、そうした「体力」のない企業にとっては容易に展開できる戦略ではない。

 また、このリスク・ポートフォリオ戦略は、かつて金融市場などでも、かなりの有効性を発揮してきた戦略であり、その理論の構築でロバート・マートンとマイロン・ショールズがノーベル経済学賞を受賞したほど、よく理論化されている戦略でもある。

 しかし、以前、このマートンとショールズが所属するロングターム・キャピタル・マネジメント社が、ヘッジファンドの失敗で大損害を出したことに象徴されるように、このリスク・ポートフォリオ戦略には、一つの弱点がある。