2008年の金融危機を経て、米国の消費者は大量消費の夢から醒め、絆、信頼、未来のためにお金を使うようになった。消費行動とは自らの価値観を表現する手段となっている。そして、こうした流れは米国だけでなく、全世界に広がっているという。そんな消費の一大変化を分析した『スペンドシフト―〈希望〉をもたらす消費―』(プレジデント社刊)の著者、米ヤング&ルビカムのジョン・ガーズマ・チーフ・インサイト・オフィサー(ブランド・アセット・コンサルティング社長)を直撃した。
(「週刊ダイヤモンド」副編集長 深澤 献)

──2008年の金融危機を経て、世界的に消費者の行動が変わっている、価値観の変化による資本主義の変容が見られるというのが本書「スペンド・シフト」での指摘だが、こうした変化に気づいたのは、どういう経緯からだったか。

ジョン・ガーズマ John Gerzema/ヤング&ルビカムのチーフ・インサイト・オフィサーにして、世界的に活躍する消費者行動の研究家。ブランド・アセット・コンサルティング社長として、消費者の価値観やニーズの変化をデータで分析し、企業の適応を支援している。主な著書に、アマゾンのビジネス書部門、および「ビジネスウィーク」でベストセラーにランクインした「Brand Bubble」(未訳)がある。毎年各分野の第一人者が集まるTEDカンファレンスの講演者としても人気が高い。

 最初は、クライアントの依頼だった。具体的にはフランスの乳製品会社のダノンから、米国を襲った経済金融危機が、英国をはじめ欧州の消費にどのような影響を与えるかを知りたいという依頼を受けた。

 ヤング&ルビカムでは、50ヵ国以上・4万超のブランドについて、世界各国120万人以上に及ぶ消費者の意識、嗜好、価値観などの情報を18年にわたって蓄積している。その「BAV(ブランド・アセット・バリュエーター)」をというデータベースを基に、経済危機を機に人々の消費行動がどう変化したかを分析していった。

 調査を進めると、07年の終わりごろから米国では景気後退が始まっており、消費者がだんだん慎ましい生活を送っていることがわかってきた。しかし、その背景には何かより深いところでの変化があるのではないかと考えるようになった。

 消費者が倹約をし始め、いままでの無節操な消費から節度のある消費に変わってきている。だが、ただ単に倹約しているのではなく、何らかの「価値を得る」ために消費をしているということだ。

 そこで、一歩下がって、このスペンド・シフト(消費の変化)を起こしているさまざまな要因、マクロファクターを調べてみようと思った。その結果、単に景気後退だけでなく、環境に対する不安、企業の行動に対する懸念、社会の制度や政治がぶつかっている壁に対して、人々は自分たちのことは自分たちで守っていかなければならなくなったのだと考えた。

 そして、共著者でもあるフリーランスライターのマイケル・ダントニオと2人で、米国全土を周り、起業家や企業経営者など50人のビジネスリーダーに会った。またごく普通の人々にも、景気後退によって彼らの生活はどういう影響を受けたのか、話を聞いていった。

──どんな発見があったか。

 ひとつは「ニューフロンティア」と呼ぶべきトレンド。いろいろなマイナス要因、否定的な要因があっても、人々それらをチャンスと捉え、新たな問題に踏み出す機会を与えられたと捉えている。これを機に何かを変える──たとえば新しい仕事をする、企業を起こすとか、前に進むために取られる楽観主義が一つのトレンドとして見えてきた。

 たとえば、かつて自動車の町として栄えたデトロイトは、すでに自動車産業は衰退し、景気低迷で難しい状態にあった。だが、そんな中でもデトロイトで生まれ育った人々は、あえて地元で新しいビジネスを起こそうとしていた。本書にも出てくるが、パリで1年間フランス語を学んだ後、地元デトロイトでフランス語を教えていた女性が、一念発起して「グッド・ガールズ・ゴー・トゥ・パリ」という小さなクレープ屋を開いたケースなど、経済状況はどん底でも未来を楽観的に捉え、挑戦を捨てないたくさんの若者に会った。

 デトロイトでは2010年初めに、落ち込んだ環境の中で新たな出発をするべく、地元の若者たちが「デトロイト宣言」と呼ぶ誓いをまとめた。「いままでより偉大で健全で活気に満ちた、都会的で暮らしやすいデトロイトを築こう」と訴えるもので、地元との強い絆を決して絶やすまいという意思表明であり、新たな出発に向けての独立宣言といっていい。