関税とドル安でトランプ氏の願い「貿易赤字縮小」は叶うのか?実現に立ちはだかるJカーブ効果Photo:PIXTA

トランプ関税の目的は貿易赤字の縮小にある。そのために、ドル安も志向している。ただ、過去を振り返るとドル安は早期の貿易収支改善には結び付いていない。いわゆるJカーブ効果が先んじて発現するためである。(みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌大輔)

関税やドル安の
効果を検討する

 金融市場はトランプ政権の一挙手一投足に振り回される時間帯が続いている。陰謀論めいた言説も飛び交っており、もはや何がどこまで確報なのか分からない。

 そのような状況だからこそ、ここで落ち着いて、関税やドル安を用いて米国が何を期待しており、その実現可能性はいかほどなのかを理論的に検討してみたいと思う。

 周知の通り、第1次政権から第2次政権に至るまでトランプ政権に通底している問題意識は「貿易赤字は悪。これを解消するためにドル安が必要。それと整合的に米金利も低い方が良い」というものだ。

 相互関税の計算根拠はデタラメそのものであり、その意味を考察する価値もないが、「関税をかければ相手国からの輸入価格が上がるので輸入数量は減る。その分、収支は改善する」という発想が働いているのは間違いない。

 こうした発想を理論的に検証するのがマーシャル・ラーナー条件という考え方になる。今回はこの点に沿って議論を進めてみたい。

 理論的に「為替レートの変動に対する貿易収支の変動」はマーシャル・ラーナー条件が成立しているかどうかで評価される。マーシャル・ラーナー条件は「輸出と輸入の価格弾力性の合計が1より大きければ、通貨安は貿易収支を改善する」と規定する考え方だ。

 ここで価格弾力性とは「価格が1%変わったときに、どれくらい量(ここでは輸出入の量)が変わるか」という敏感度合いを示す数字である。例えば「自動車の価格が10%下がったとき、売れる量が3%増えた」という場合、価格弾力性は0.3である。

 マーシャル・ラーナー条件が検討するのは「自国通貨が安くなって、輸出品が安く見えると、外国がどれだけ買ってくれるか」という輸出の価格弾力性(A)と「自国通貨が安くなって、輸入品が高くなると、自国民がどれだけ輸入を減らすか」という輸入の価格弾力性(B)である。

 この(A)と(B)の合計が1を超えれば、「通貨安で貿易収支が改善する」という現象が期待できる(※(B)の符号は「どれくらい減るか」を表現するため必ず負になる。よって(B)の絶対値と(A)を合計する)。

 この考え方をトランプ政権の政策に当てはめれば「為替レートや関税を通じた輸出入価格の変動に対し、輸出入数量がどれほど変動するか」という検討をすることになる。「追加関税による米国の輸入価格上昇」は「ドル安による米国の輸入価格上昇」と同じ話である。

 次ページでは、現代の米国においてマーシャル・ラーナー要件は成立するのか。過去の貿易赤字とドルの水準の相関を検証する。