元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』がついに発売! この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。
今回は、プライベートバンクが富裕層に提供する商品のなかでも目玉といえる、ヘッジファンドの詳細を解説します。
ヘッジファンドの代表的な2つの戦略
2008年に起きたリーマンショックでは、1年間で世界の株式市場は大暴落しました(米国36%下落、日本42%下落、中国・上海65%下落)。また株価だけではなく社債もREITも不動産も全て暴落。当時、私は野村證券で営業をしていたので、業界全体が文字通りパニックに陥ったことをよく覚えています。
そんな大混乱の最中でしたが、ヘッジファンドには株式の下落と比べて下落幅が半分以下にとどまったものが多く、なかにはプラスリターンを出したものも存在しました。
ヘッジファンドとは、投資家から集めた資金を原資に、ファンドマネージャーと呼ばれる投資のプロ中のプロが独自の戦略で投資をおこなう運用会社、およびその商品のこと。株式や債券はもちろん、先物や信用取引、金利やデリバティブにいたるまでを組み合わせることで、マーケットの動向とは別の動きをするように設計されていることが最大の特徴です。
SMAと並んで、現在のプライベートバンクが顧客に提案するメイン商品の1つであり、株式や債券といった伝統的な金融投資にかわるオルタナティブ投資の王道でもあります。
たとえばUBSは、グループ内に「UBSオコナー」というヘッジファンドを持っています。UBSのプライベートバンクに口座を持つ富裕層であれば、一度は名前を聞いたことがある同社の看板商品です。「オコナーに投資したいからUBSに口座を開設した」という富裕層にも複数会ったことがあるくらいです。
ヘッジファンドは大口の顧客しか投資できません。そのなかには公に投資者を募集しない「私募ファンド」もたくさんあります。50人以上を集めるファンドは「公募」、50人未満は「私募」といって区別されるのですが、「私募」の場合は金融庁もあまりうるさく言わないので、ユニークな投資戦略を取るファンドが多いのが特徴です。商品にもよりますが、投資の最低ラインは1億円というものが多いでしょう。
ヘッジファンドの取る戦略にはさまざまな種類がありますが、ここでは代表的なものを2つ紹介しましょう。
◎ロング・ショート戦略
ヘッジファンドの分類の中でもっとも代表的なものが「ロング・ショート戦略」です。世界のヘッジファンドの運用資産の36%がこの戦略で運用されているという調査結果もあります。
ロング・ショート戦略とは、単純な例でいえばファンドの運用資産が100億円あったら、50億円分は値上がりしそうなものを買う(ロングする)ことに使い、残りの50億円は値下がりしそうなものを空売り(ショートする)するというもの。ロングとショートの比率は、もちろん状況によって変化していきます。売買の対象は株、債券、先物など、さまざまな資産クラスを組み合わせるケースが一般的です。
こうやってロングとショートを併用することで、マーケットが上昇しようと下落しようと利益が出せるようにしているのです。仮に利益が出ないときでも、マーケットが30%下落しているときに15%しか下がらないとしたら、それは立派なリスクヘッジです。
常に両面に賭けているため、極端に大きな利益は期待できないこともあります。たとえば、もし日経平均が一方的に上がっているときは、日経平均に連動するごく普通のインデックスファンドのほうが利回りは良くなる可能性が高いです。しかし一方的に上がり続ける市場などはないわけで、ロング・ショート戦略で運用したほうが、市場の上げ下げに左右されない安定した成績を上げる可能性が高くなるのです。
また、そもそもですが、Brexit(イギリスのEU離脱)やトランプショックのように世界経済にインパクトをもたらす出来事が起きたときに、ロングとショートの両方の選択肢をファンドマネージャーが持っているということは、大きなアドバンテージになります。
◎マネージドフューチャーズ戦略
リーマンショック以降、プライベートバンカーが顧客によく薦めていたヘッジファンド戦略が「マネージドフューチャーズ戦略」と呼ばれるもの。日本人富裕層にも大変人気がありました。「フューチャーズ(futures)」とは先物の意味です。
この戦略はトレンドフォロー型とも呼ばれるものです。「上がったので下がるだろう」「下がったので上がるだろう」という「逆張り」で投資する手法もありますが、マネージドフューチャーズ戦略では「上がったのでもっと上がるだろう」「下がったのでもっと下がるだろう」という「順張り」で先物取引をおこなうのです。人間の心理などの影響により、マーケットにしばしば明確なトレンドが生じることを利用した方法といえます。
リスクヘッジのために多数の上場先物を組み合わせており(たとえば三菱UFJモルガン・スタンレー証券のサイトでは100種類以上と説明しています)、しかも、そのトレンドの把握と発注の判断はプログラムが自動的におこなうのが特徴的です。
上がるときはぐんぐん上がり、下がるときはぐんぐん下がる、いわゆる「トレンドが出やすい市況」の場合に好成績が期待できるヘッジファンドで、こちらもロング・ショート戦略と同じく組み合わせることで、マーケットが上がろうと下がろうと、両方の局面で利益を狙いにいけます。
このようにヘッジファンドには、多様かつ優れたアプローチがあるため、私としても、資産運用はヘッジファンドだけでいいのではと思った時期があるくらいです。しかし、「ヘッジファンドだったらなんでも良い」とは言い切れません。
ヘッジファンドはファンドマネージャーの腕前や運用システムの差が如実に出るため、ヘッジファンドごとの“ムラ”が激しくなります。そこでヘッジファンドの“ムラ”を標準化するために、ヘッジファンドのファンドオブファンズ(ヘッジファンドを束ねたファンド)の商品を買うなどの選択肢も出てくるのですが、そこまで行くと手数料がかなりの負担になるため、大きなリターンを出さないと運用成績をプラスにすることが難しくなります。
よって、ヘッジファンドを選ぶときは何よりも目利きが大事になるのです。
その点、日頃からさまざまなヘッジファンドを見ているプロが自分の代わりに判断を下してくれるわけですから、プライベートバンクの顧客はかなり有利なポジションにいるということです。
また、ヘッジファンドはパフォーマンスをリアルタイムで提供しないケースが多く、顧客がリターンを把握できるのが1~3ヶ月後といったケースもよくあります。3ヶ月も空白があれば、損切りのタイミングを逸する危険も出てきます。このとき、ヘッジファンド側と密なコミュニケーションを取れるプライベートバンクの担当者がいれば、ヘッジファンド側の現況を逐次アップデートしてもらうことも可能なのです。