だが、現実に人が経済行動において何かを選択する場合には、心理的な要素が大きく影響してくる。例えば、朝から競馬場に出かけて毎レース全部外してしまった場合、最終レースでは一体どういう賭け方をするだろうか。

 この場合の選択肢で論理的に正しいのは、「本命を買うこと」である。それによって、少しでも損失が拡大するのを防げる可能性が高まるからだ。しかしながら、そういう人はあまりいないだろう。多くは、それまでの負けを取り戻そうとして“大穴”を狙うことになる。これは、前述のカーネマン氏が提唱した「プロスペクト理論」の中に出てくる、「人間は損失が発生している局面では賭けに出たがる」という説明と一致する。

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 行動経済学においては、様々な実験によってこうした人間の心理的な傾向を分析、把握し、それを理論的に体系化していこうとする試みが行われている。そういう意味では、むしろ「経済心理学」という名前の方がふさわしいのかもしれない。

 事実、行動経済学において説明される現象の中には、心理学で使われる用語や現象を多く見ることができる。繰り返しになるが、経済学本来の役割は「人々が幸せになるためにはどうすればいいか」という問題を解決することである。そのための解決策の一つは「複数の選択肢がある場合、どういう意思決定をすれば多くの人にとって効用(満足)が高まるか」ということであろう。

 行動経済学の役割は、まさにこうした局面で、「人の心のメカニズムも考慮することによって、より満足度の高い選択を行なうことができるようにすることにある」というのが筆者の考えである。 今回の受賞者であるセイラー教授の代表的な著書の一つに、「Nudge」(邦題:実践行動経済学)というのがある。この本の原題Nudgeというのは、「人の脇腹を肘で優しく突いて人に注意を喚起する」という意味がある。人間というのは放っておくと不合理な意思決定をし、必ずしも満足が最大にならないから、そういう間違いをしないように、それとなく注意を与えるということである。

 この場合、“それとなく”というのが大事なポイントである。具体的な例で言うと、学校のカフェテリアで学生の健康を考えて多くの野菜を取らせようと思ったら、料理のトレーを並べる順番を考え、最初に野菜が来るようにすればいい。そうすればお腹の減った学生たちは、最初に野菜をたくさん取り、その割合が高くなるから、というわけである。