これまでが「助走期間」のように思える
とはいえ、シュルツは最初に浮かんだアイデアをすべて実現できたわけではなかった。たとえば、イタリアンコーヒーバーでおなじみの陶製のカップはあきらめ、紙コップを使わなければならなかった。イタリアでは客はカウンターの手前に立ったままコーヒーを楽しむが、スターバックスは客の要望に合わせて椅子とテーブルを置いた。テイクアウトもできるようにした。
結局スターバックスは、純粋なイタリアンコーヒーバーではなく、アメリカとイタリアのコーヒー文化をミックスしたものになった。こうした変更を施すたびに、シュルツは苦悩した。客がカフェラテやカプチーノに脱脂乳を使いたいと要望したときには、「そんなことをすれば、スターバックスがスターバックスでなくなってしまう」と主張した。イタリアでは、全乳しか使われていないからだ。だが、最終的にシュルツは折れた。
このように、シュルツはミラノで抱いたビジョンの通りにスターバックスを実現させたわけではなかった。このことは、第7感の4番目のステップである「決意」にとって重要なことを示唆している。
つまり、決意とは、最初に心に浮かんだひらめきをそのまま実行しようとすることではない。それは、アイデアの核心に基づいた行動をとりながら、その過程で必要に応じて軌道修正していくことなのだ。その修正は小さなものもあれば、大きなものもある。ときには、乗り越えることも迂回することもできない壁に突き当たることもある。
そうしたケースでは、いったん足を止める以外にできることはない。アイデアを完全に放棄するわけではない。後になって、問題解決の新しいアイデアが見つかる場合があるからだ。ただし、シュルツがグリーンバーグにアドバイスをもらうまでそうだったように、打開策を見いだすまでは前に進むことはできない。
シュルツが退職して会社を起こすためには、とてつもない勇気が必要だった。妻は妊娠中だった。両親からも、安定した人生を歩むことの価値を教えられてきた。周りからも、「せっかく良い仕事に就いているのに、なぜ辞めるんだ?」と責められた。「しかしその一方で、これまでの人生は、この夢を実現するための助走期間だったように感じていた」
これはおそらく、突然のひらめきがもたらす決意を表す究極の言葉だ。
もし、ミラノに出発する前のシュルツに「あなたのこれまでの人生は、イタリアンコーヒーバーのチェーン店を起業するためにあったのですか?」と尋ねたとしたら、頭でもおかしいのかというような怪訝な目で見られただろう。しかし数ヵ月後、まさにシュルツはそう考えていた。
突然のひらめきは、あなただけにしか見えない人生の道筋を示す。それまで夢や目標として意識すらしたことがなかったものが、大きな願望として心を占拠するようになる。その願望は、それ以前から心の奥に潜んでいて、突然のひらめきによって道筋を照らされるときがくるのをじっと待っているのだ。
(本原稿はウィリアム・ダガン著『天才の閃きを科学的に起こす 超、思考法』から抜粋して掲載しています)