記憶力の日本チャンピオンが香港大会で惨敗したエピソードから、達人レベルの失敗から学ぶハイパフォーマンスを実現するための方法を紹介します。誰もが経験した困難な状況をいち早く脱出するためにも、集中力は欠かせないのです。
本連載では、脳の仕組みを活用した世界水準の集中術が網羅されている新刊『世界記憶力グランドマスターが教える 脳にまかせる超集中術』から集中術のエッセンスを紹介していきます。

集中力を身に付けるために必要だったこと

 世界記憶力選手権は毎年12月に開催され、会場となる国を毎年変えます。私が出場を決めた年の開催地はイギリスのロンドンでした。

競技種目はオープン大会と同じく10種目なのですが、各種目の競技時間が長くなります。そのため、競技は3日間にわたって行われます。

 初出場するにあたって、この大会での目標は明確でした。

 それは「記憶力のグランドマスターの称号を獲得する」ことでした。

 記憶力のグランドマスターとは、世界記憶力選手権に出場し、ある条件をクリアすると与えられる記憶の達人の証しなのです。それまで22年間世界選手権が行われてきましたが、日本人でグランドマスターの称号を獲得した人はひとりもいなかったのです。

 グランドマスターになるための条件は3つあります。

1.バラバラに切った1組のトランプのカードの順番を2分以内に記憶し、5分以内で再現すること。
2.同じくトランプですが、今度は記憶時間1時間、回答時間2時間でバラバラに切った10組以上のトランプの順番を記憶し再現できること。
3.ランダムに並んだ数字を記憶時間1時間、回答時間2時間で1000以上記憶し再現できること。

 この3つの条件をすべてクリアして初めて獲得できるのです。

 この目標に向かって練習を開始したのですが、大会までにだいぶ期間があったので、本番の勘を鈍らせないために、香港でのオープン大会に参加することにしました。結果的には、この香港大会に参加したことが、集中力を身に付ける大きなターニングポイントになったのです。

 その年の2月に記憶力日本一になり、続くオーストラリアの大会でも優勝していた私は、自信満々で香港に乗り込みました。

 しかし、結果はさんたんたるもので、記憶力以前に問題があることは明らかでした。

・覚える対象がいっこうに頭に入らない
・いったん気がそれると、なかなか競技に意識を戻すことができない
・不安と心配に襲われ、その度に緊張し、悪循環に陥ってしまった

 これは早急に対策を考えないと、と問題点を洗い出すことにしたのです。

記憶力以前に必要な能力を知る

 記憶競技とスポーツとでは、決定的に違う部分があります。スポーツは基本的に「体」を使うのに対し、記憶競技は「脳」しか使わない点です。

 いわば頭脳スポーツといったところでしょうか。チェスや将棋、碁といったものがありますが、これらも脳を中心に使うという点で共通しています。

 体を使うスポーツも頭脳スポーツも、競技中に求められる能力はさまざまです。

 瞬発力、持久力、判断力、想像力、思考力……。まだまだ他にもたくさんあることでしょう。

 どの競技においても、高いレベルのパフォーマンスを発揮するためには、共通したある能力が必要です。

その能力こそ、「集中力」です。

 集中力はすべての能力のエンジンです。高いレベルの集中力が発揮できない限り、どん
なに優れた能力を持っていても、本領を発揮することは難しいでしょう。

 脳を使う記憶競技においても、集中力はパフォーマンスに大きな影響を与えます。

 香港での惨敗は、記憶力の差というよりも、「集中力」の差だったのです。

 それまでは重要視してこなかった「集中力」を、世界記憶力選手権までに早急に研究し、高める必要が出てきたのです。