こうして不安と恐怖を抱え込んだ社会は、ひとりが怖くなり、集団化や結束を求め始める。つまり集団下校。これは群れて生きることを選択した人類の本能だ。でも9.11後のアメリカが示すように、集団はその内圧を高めれば高めるほど、外部の敵を探したくなる。内部の異物を見つけたくなる。攻撃して排除したくなる。さらに集団内部の同調圧力が強くなることで、全体と違う動きがしづらくなる。誰かが走れば自分も走りたくなる。

 こうして集団は、足並みをそろえて暴走する。人類の歴史は、そんな過ちの繰り返しだ。

真相を解明できなかったその理由は何か

 真相は解明しきれていないと指摘するのなら、まずは彼らがサリンを撒いた理由を、この社会は獲得しなくてはならない。動機を解明しなくてはならない。でも解明できなかったその理由は、弟子たちにすべての犯罪を指示して行わせたとされている麻原の裁判が、何も解明されないままに一審だけで終わったからだ。

 なぜ一審だけで終わったかといえば、麻原の精神状態が普通ではなくなったからだ。ならば普通に戻してから裁判を続けましょう。二審弁護団のその主張は、結局のところまったく認められなかった。「口を閉ざした」のではない。最終的には「口を閉ざされた」のだ。直接的には裁判所の判断だけど、その背後には、麻原を早く吊るせとする圧倒的な民意がある。つまり司法とメディアが、解明よりも処刑を優先する民意に従属した。その帰結としてこの社会は、自ら集団化を促進し、今も激しく変わりつつある。でも群れとして加速し続けているから、多くの人は気づかない。

 刑事訴訟法479条は、「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する」とある。まさしく麻原はその状態にあると僕は推測する。ただし断言はできない。人の意識の中まではわからない。99.999999%まで自分のこの推測は正しいとは思うけれど、絶対に正しいとは思わない。

 だから裁判所にお願いする。再審を認めてほしい。鑑定と治療にも取り組んでほしい。症状が悪化してからさらに五年も放置されたから、どれほどに病状が進行しているかわからないが、できることはやってほしい。東京拘置所にもお願い。麻原への差し入れを勝手に処分するような違法行為はしないでほしい。家族や弁護人にも連絡せずに眼球摘出手術をするようなことは、今後は絶対にやめてほしい。されるがままとはいえ、彼だってまだ生きている。人権はある。