ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。インターネット宅配クリーニング業・リネットの運営を行う株式会社ホワイトプラス代表取締役社長・井下孝之さんとの対談3回目。現在、会員数は25万人を突破し勢いに乗る同社のマネタイズ戦略とは?
価値提案について、考え抜いていなかった
川上 リネットのマネタイズは、通常会員とは別に、プレミアム会員を設けることで安定基盤を実現したということになりますよね。
井下 はい。ただし、クリーニング業は損益分岐点を越えるまで時間がかかるので、並行して、単価が高くて利益が立てやすい事業を考え、ふとんをクリーニングする「ふとんリネット」。靴を丸洗いする「くつリネット」、アパレルブランドでも使用されている環境下で衣類を最大8ヵ月保管する「リネット保管」なども展開しています。
川上 最近、リネットは、一部アイテムの価格を値上げしましたよね。宅配会社の送料が値上がりしたという外的要因も関係していますか?
井下 確かに、宅配会社の値上げがきっかけではありますが、これまでの料金体系が業界の中でも最安値に近く、リアルのクリーニング店とほとんど変わらない設定だったのです。プレミアム会員導入時は月額315円かかるとはいえ、個々の衣類の料金はさらに安くしたものもありました。
川上 なぜ、当初は安さにこだわったのですか。
井下 突き詰めれば、結局のところ自分たちの価値提案が当時は分かっていなかったのだと思います。価値提案を同業他社と同様に「きれいに洗って形を整えて返す」を目指していたから、「他社よりも、安く」という方向に向かうしかなかった。もちろん、ネット宅配クリーニングそのものの認知度がほぼゼロでしたから、安さで勝負することで会員を増やし、リピーターを増やし、リネットの存在を1人でも多くの人に知ってもらうことも目的でしたけど、価値提案について考え抜けていませんでした。
川上 「きれいに洗って形を整えて返す」から「お洋服のケアを通じて、お気に入りをもっと気持ち良く着られる」という価値提案を再定義した今は、価値という対価に見合うお金をいただく流れにシフトできるようになったのですね。スタバも、従来の喫茶店の価値を再定義したからこそ、コーヒーフラペチーノが1杯600円しても多くの人が買う。それと同じですよね。
井下 そうです。クリーニング業界の価格設定は粗利ミックスで、最も需要のあるワイシャツは最安値に設定し、コートなど他の衣類でお金を払ってもらうことで帳尻を合わせています。ワイシャツでお客様を惹きつけて、お店を長く使い続けてもらうことを狙っているわけですが、私たちはワイシャツの値段も290円と店舗に比べて安いわけではありません。「安いから、リネットを使う」人だけでなく、「お気に入りをもっと気持ち良く着たいから、リネットを使う」お客様に向けてアピールしていきたいと思っています。
値上げしたことよりも“リネットする価値”が支持された
川上 私の著書『マネタイズ戦略』では、マネタイズを軸に論を展開しているので、マネタイズを変更するなら価値提案も調整しなければならないという方向で書いていますが、その逆も然り。リネットさんのように価値提案を再定義して変更することは、マネタイズも調整する必要があります。実際、値上げによる離脱状況はどうでしたか。
井下 それが、ありがたいことに私たちの想定より減っていないのです。
川上 クリーニング業界の中で、尖った価値提案をいち早くして、それがリネットを使い続けているお客様に響いたということですね。買ったときのような質感に戻す衣類ケアを徹底し、おまけに納期も最短2日と利便性も高い。値上げしたことよりも“リネットする価値”が支持されたのでしょうね。
井下 そうですね。これからも価値提案についてはさらに追求して行こうと考えています。納期に関しては、今年の2月頃を目安にさらに宅配の面でも業界を革新していくサービスをリリースする予定です。プレミアム仕上げ導入で品質を革新していきましたが、宅配サービス自体にも新しい価値提案を行っていき、お客様の生活がアップグレードするのに一役買ったらいいなと思っています。
川上 アパレルショップと組んだサービスも始めていますよね。
井下 はい。フリークスストアさんの指定の新作アウターを購入していただいたお客様に、同ストアのポイント10%還元に加え、リネットにクリーニングに出してもらえれば2,000円オフになるというチケットをつけました。結果、対象商品の受注が前年比の850%を達成したのです。
川上 850%?それはすごいですね。アパレルショップに働きかけるという発想自体が、従来のクリーニング屋さんからは出ないですね。アパレルショップに働きかければ、長く大切に着たい衣類だからリネットを使ってみようという、まさに「リネットが求める新規顧客」の開拓に直結する可能性は高いですよね。最後になりますが、今後のリネットの展望について教えてください。
井下 もっともっと価値を高めていって、多くのお客様の生活を変えていきたいと考えています。規模としては今の10倍、100倍に。多くのお客様の生活をより良いものにアップグレードし「新しい日常」を作って行きたいと考えています。
川上 この勢いに乗ったら、「クリーニングに出そう」が「リネットしよう!」に置き換わる未来が待っているかもしれませんね。本日は、どうも、ありがとうございました。
井下 こちらこそ、ありがとうございました。
(おわり)
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)