02年の「性教育バッシング」事件で
日本の性教育は大きく後退した

 1992年の学習指導要領改訂の際、折しもエイズが社会問題化。その流れで、HIV教育の重要さがフォーカスされるようになり、それに伴って小学校6年の理科で扱う人体の学習が3年生に前倒しされ、5年生に『人の発生と成長』が位置づけられた頃から、性教育に発展の兆しが見られるようになったという。

 しかし皮肉なことに、この学習指導要領改訂が、性教育の歩みを後退させる引き金になり、2000年代に全国規模で巻き起こった性教育バッシングへと続いていく。

「たとえばそれまで、思春期の成長は『男子=声変わり』だったところが、『精通』と定義されるようになりました。これにより射精を教えないといけない、ではどこまで掘り下げるかということで、教師たちの間では大騒ぎになりました。現場で試行錯誤を進める中、02年に東京都日野市の七生養護学校(当時)の性教育バッシングが起きます」

「知的障害の子どもが性被害を受けても気づかなかった、などの事態を受けて、からだや性についての正確な理解が必要との考えから、男性器と女性器の名称を織り込んだ歌や、性器のついている人形を使うなど独自の性教育に取り組んでいました。先進的な取り組みから校長会等でも高く評価されていましたが、東京都議員が『行きすぎた性教育』と問題にし、教材は没収され教師が処分される事態になったのです」

 同校教員や保護者、関係者は「性教育を行うことができなくなった」ことなどについて、人権侵害を訴えて提訴。13年に結審した裁判では、都議側の敗訴が確定している。しかし、この事件によって教育現場で広まりを見せつつあった性教育は、急速に自粛の一途をたどることになった。

「日本の性教育は、身体の発達や性感染症といった内容に限られますが、保健体育、中でも保健に位置づいています。しかし、座学にあたる保健については、『雨降り教科』という扱いです。教員育成を担う教育学部においても、体育は勉強するけど保健について十分に学んでいるとは思えません。そのため、教員も性教育の重要性に意識が及ばないというのが現実です」