第3の原則 感情的な絆

 組織の価値観を伝えることで、前向きな感情を引き起こし、動機づけ、自分自身のみならず、同僚間でも相互に律するようになる。

 実用的な合理性だけが、業績や組織内の行動を左右するわけではない。感情も大きな役割を果たす。気分というものは伝染しやすく、アブセンティーイズム(予定外の欠勤)や健康、勤労や活力の水準といった問題にも影響を与える。

 チームや組織がなぜ成功し続けたり、失敗を何度も重ねたりするのかについて調べた私の研究(拙著『「確信力」の経営学』(注2)を参照されたい)にも示されているように、我々は互いに影響し合っており、そのなかで他人のパフォーマンスを上昇させたり、逆に低下させたりする。

 組織の価値観や原則がきちんと理解されれば、それに基づいて感情に訴えればよい。これにより、社員との絆も深まる。自社の価値観を明文化することが一般的になったいま、問題は「価値観」と呼ばれるものが会社にあるかどうかではない。制度の論理に従えば、価値観を具体的に表現することが企業として重要な作業なのである。

 アメリカ、メキシコ、イギリス、インド、日本に本社を置く企業のCEOたちを調査したところ、長年来伝えられてきた社是・社訓に新たな息吹を吹き込むために、かなりの経営資源と時間を傾けて、さまざまな職位の管理職たちを「価値観の浸透」という仕事に当たらせていた。重要なのは、言葉ではなく、すべての人々が社会目的を最優先に考え、組織の価値観を拠り所にして事業上の意思決定を下すように、対話を育むプロセスにほかならない。

 ロバート・マクドナルドは、長年プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のリーダーとして、同社の企業理念(PVP: Purpose, Values, Principles/企業目的、共有する価値観、行動原則)がP&Gの企業文化の礎であり、社員たちに前向きな感情を呼び起こし、P&Gブランドに意味を与えると考えていた。2010年に会長兼社長兼CEOに就任してから1カ月も経たないうちに、彼は「世界じゅうの消費者の生活をよりよいものにする」という目的を、「より多くの地域の、より多くの人々の生活を、より完全に近い形で向上させる」という事業戦略に格上げした。

 P&G西アフリカでは、社員全員が、企業目的を踏まえた定量的に測定できる目標を定め、「今年はその目標をどれくらい達成したか」と問う。たとえばP&G西アフリカのベビー・ケア事業を担当する部門では、高水準になる乳幼児の死亡率を引き下げ、乳児の成長の一助となるべく「パンパース移動診療所」を立ち上げた。

 医師1人と看護師2人がバンに乗って地域を巡回し、産後ケアの指導や乳児検診に取り組み、母親たちに経過観察や予防注射のために通院するように働きかける。また、健康関連情報を入手したり医療専門家に質問したりできるテキスト・メッセージ・サービス〈mビレッジ〉に母親を登録させる(西アフリカでは、貧困層でも携帯電話を持っている人が多い)。

 移動診療所の訪問が終わるたび、1人当たり2枚の〈パンパース〉が渡される。同地域のP&G社員たちには、熱い気持ちが湧き上がっている。つまり、生命を救うという使命の中心に自分たちの製品があることに意を強くするのだ。そして〈パンパース〉の売上げが急増していること、西アフリカがP&Gにとって最も成長著しい市場の1つであることにも誇りを感じている。

 みずからを社会機関と考える企業では、仕事は感情に訴えるものである。また、ある個人を支持しても、それは一過的なものであり、したがって重要なのは、そのような個人ではなく組織全体と考える。

 また、トップ・マネジメントが企業の目的と価値観を体現・伝達する一方で、全社員がそれらを自分のものとしており、こうして価値観が、仕事や目標、業績評価基準に組み込まれていく。グレート・カンパニーは、カリスマ的人物に頼るのではなく、カリスマ性を「日常化」し、それが組織全体に広げている。

【注】
2) Rosabeth Moss Kanter, Confidence: How Winning Streaks and Losing Streaks Begin and End, Crown, 2004. 邦訳は2009年、光文社より。