世間をにぎわせる「悪徳老人ホーム」
何年か前に東京都内で、三棟の無届けシニアマンションが、定員160名の高齢者のうち約130名に対して身体拘束をするなどの虐待行為を行っていたという事件がありました。部屋に鍵をかけて閉じ込めたり、両手や身体を縛ったり、ベッドの四方に柵をつけて針金でぐるぐる巻きにして出られないようにしたりしていたそうです。
入居費用は一時金や敷金なしの月15万円程度、総合病院が退院後の入居先として斡旋していたこともあり、人気の施設だったといいます。内部告発によって映像が流出したことで大きく報道され、立ち入り調査が行われました。
世間をにぎわせるのは、このように事件を起こした「悪徳老人ホーム」ばかりです。こういった施設が言語道断であることは言うまでもありません。しかし、こういった一部の「悪徳老人ホーム」のせいで、すべての施設が悪い印象を持たれてしまうのは、介護業界に身を置く者としてはとても残念です。
でも、声を大にして言いたいのですが、すべての施設がダメだと決めつけないでください。ニュースになるのはほんの一部で、感動的なケアをやっている素晴らしい施設はいくらでもあるのです。
ニュースにはならない「感動的なケア」を行う施設
たとえば、神奈川県のある施設。ある日、そこに入居している認知症のおじいちゃんから、「名古屋にある妻の墓参りに行きたい」という要望がありました。その施設はそこで面倒だとは思わずに、本人の希望だからなんとか行かせてあげたいと考えました。
そこでなにをしたかというと、「自分で行きたい」という本人の意思を尊重したうえで、介護職員がひそかに尾行することにしたのです!おじいちゃんが電車の乗り換えを間違えそうになると、偶然を装って「乗り換えはあちらではありませんか?」と話しかけては軌道修正をはかる。結果として、本人の認識としては、自分ひとりで名古屋まで行き、奥さんのお墓参りをすませ、神奈川まで帰って来た、ということになるわけです。
この施設がすごかったのは、「こういうケアをしたいので、2名分の新幹線のチケット代金をください」と家族に提案したことでしょう。家族もその提案に感動して、「ぜひお願いします!」となり、作戦は大成功に終わりました。そういう感動的なケアを行う施設もあるのです。
認知症といっても、すべてを忘れてしまっているわけではありません。うまくサポートすればできることはたくさんあります。だからこそ、その施設では「自分で行きたい」という本人の意欲を大事にしたかったのでしょう。
ご家族のみなさんが持っている介護のイメージを超えて、よりよいサービスやより穏やかな環境を提供したいと思っているケアスタッフは、日本全国にたくさんいます。施設の入居者の方たちに、人生最期のひとときを安心して過ごしていただこうと、日々工夫を重ねている施設はたくさんあるのです。
ですから、自宅こそ最善とは考えずに、「終の棲家」の候補として、老人ホームなどの施設も選択肢に入れておいてください。