そういうリアルな情報がなければ、キャッチャーもリードするのに苦労するだろう。たとえば、相手打者が「落ちるボールに弱い」というデータがあったとしても、ピッチャーがフォークボールを投げられなければ、そのデータの意味はなくなってしまう。また、持ち球にフォークボールがあったとしても、その質によってリードの仕方も変わってくるだろう。決め球になるように鋭く落ちれば問題ないが、そこまで変化しないのなら、キャッチャーは「ストライクゾーンには入らないように低めに投げさせる」というように、攻め方を適宜アレンジしなければならない。
さらに、ボールだけでなく「こちらの性格」も知ってもらう必要もある。僕がどういうふうにバッターを打ち取るのが好きなのか。どういう配球だと気分よく投げられるのか。逆に、どんなときには崩れやすいのか。プロの優秀なキャッチャーというのは、そこまで把握したうえで配球を組み立ててくれるのだ。僕たちピッチャーにとって、キャッチャーがいかに欠かせない存在であるかもおわかりいただけると思う。
この自分のボールの特性を知ってもらう作業は大体、毎年キャンプ中に行っている。僕は必ず、チーム内のすべてのキャッチャーと万遍なくブルペンで組んで、少しでも多くのキャッチャーに僕の「ボール」と「性格」を知ってもらうようにしている。
開幕して公式戦が始まると、今度は「対バッター」の視点が重要になってくる。このバッターはこの組み立てで打ち取ろう。このバッターはこの球種を使えばツーストライクまで追い込みやすい。登板前に僕はキャッチャーと、あらかじめ大まかな配球について打ち合わせをして準備しておく。その事前打ち合わせがしっかりできていないと、試合中にキャッチャーが出すサインに対して「エッ!?」と驚く回数が増えてしまう。僕はキャッチャーの出すサインに首を振るのはあまり好きではない。投球のリズムがくるってしまうからだ。
逆に、自分の投げたいボールと、キャッチャーのサインが一致するとリズムに乗れる。しかも、その一致したボール……たとえば外角低めのストレートで見逃し三振を奪えた場合は、他に例えようのない爽快感が得られるのだ。
また、サインが一度で決まらない場合でも、キャッチャーがすぐに別のサインを出してくれるとやりやすい。「あ、こっちでしたか?」「そうそう! やっぱり、二択で迷ってたんだね」などとやり取りするのも楽しい作業だ。そうやって指で会話できるようになることが、バッテリーの成熟の証だと言われたりもするが、こうしたやり取りの楽しさは、ピッチャーとキャッチャーならではの醍醐味と言っていいだろう。
キャッチャーのサインに納得しないまま投球することもある
僕らバッテリーが、バッターにヒットを打たれた場合、日本球界ではメディアを中心として「キャッチャーの責任」と評されることが多いように思う。これは「キャッチャーのリードが悪かったから、ヒットを打たれてしまった」という理屈だろう。