高級レストランが関心を払わない非顧客層を取り込む

 こうして、食材の原価率の向上、立食スタイルなど、業界の常識を覆す様々な要素を含んだ、「俺のイタリアン」や「俺のフレンチ」が誕生した。

 ブルー・オーシャン戦略のもう一つの重要な骨子は、「非顧客層」を顧客化することである。「俺の」株式会社はこの意味で、従来の「フレンチ・イタリアンコース料理」の非顧客層を、取り込むことに成功した。

 本格フレンチや本格イタリアンの多くはコース料理が基本になっている。一方、「俺の~」のメニューはアラカルトのみで、コース料理の設定はない。客はその日の懐具合や腹具合で、前菜やデザートを抜きにして好きな料理を気軽に食べることができる。

 そのぶん料金が安くなり、本格フレンチや本格イタリアンに敷居を高く感じていた層を獲得することができた。従来であれば自分のお金ではなかなか食べられないクオリティの高い料理を20代、30代の若い人たちが気軽に食べられるようになり、若年層が顧客へと変わったのだ。

顧客の反応を見てから、別ジャンルで横展開

 2011年9月に1号店の「俺のイタリアン」がサラリーマンの町・新橋にオープンした。椅子席は3割で基本は立ち飲みだ。このとき、食材費に金をかけること、回転率を上げることなど店のコンセプトだけを伝え、メニューや想定する客単価は、イタリアの三つ星店で修行してきた料理人にすべて任せた。派手な宣伝をしなかったこともあり、開店後1ヵ月半は芳しくなかったが、おいしくて安いという口コミが広がって客足は急速に伸びていった。
 間をおかずフレンチシェフが「俺のフレンチ」を銀座で開店した。最初は新橋と銀座に1店舗ずつ試験的に出し、様々な知見を得てから、別のジャンルへと横展開を進めてきた。「俺のやきとり」や「俺のスパニッシュ」など、新たなジャンルの店も誕生したが、どの店も共通してフード原価におおむね60%かけており、「安くて美味い」を徹底的に追求し、行列店へと成長した。

ビジネスモデルを更新し続ける―実は商圏が広い「食パン」で、高級食パン市場を開拓

 飲食業は栄枯盛衰の激しい業態だ。人気店となっても飽きられるのも早く、その前に手を打っておく必要がある。2011年の第1号店出店から6年が経過し、当初のビジネスモデルに変更を加えながら、参入障壁を高めようとしている。

 例えば、開店当初は立食スタイルで高回転率を徹底的に追求したが、現在は着席型を中心とした店舗設計に変更している。オペレーションを改善することで、着席型でも回転率を維持し、ファミリー層や、中高年層へと客層の拡大を図っている。

 また、創業当初は、ミシュラン店などで華々しい実績を積んできたシェフをそれぞれの店の料理長に起用、店に本人の写真を飾り経歴を前面に打ち出してアピールしてきた。しかし、多店舗化を図るにはすべての店に実績あるシェフを配置することは現実問題として難しい。そこで採用した有名シェフの下で社内育成したシェフを新店に起用して、ノウハウの移転も急速進めている。

 新しい業態へのチャレンジも行っている。いま経営の柱の一つにしようとしているのが「俺のBakery&Cafe」だ。同店の売り物は1本(2斤)1000円の「俺の生食パン」である。ここでは高級食パンという市場を開拓しようとしている。

パンは商圏が広く、おいしい食パンなら遠方からわざわざ買いに来てくれる客は少なくない。メインの客層は30代の女性で、自宅で食べるだけでなく、気のおけない友人宅を訪ねる際の手土産などとしても使われている。新たに贈答品としてのパン市場も開拓できたわけである。

 ブックオフ、俺の株式会社と50歳を超えてから大きな事業を立ち上げてきた坂本は、78歳となったいまも新たにベーカリーに挑戦するなど市場開拓に意欲的だ。

 切り開いたブルー・オーシャンをどのように泳ぎ続けるのか、坂本と俺の株式会社の今後に注目したい。