収益の出るビジネスモデルを選ぶことで、持続可能でスケールアップ可能な事業を開拓
既存のビジネスモデルは赤字を前提としている以上、病児保育が広がらないのも当然だ。施設をもって、同じように病児保育の補助金をあてにして運営すれば間違いなく赤字になる。そこで補助金をもらわずに運営することをまず決めた。ブルー・オーシャン戦略では、業界の常識として備わっている要素のうち、「取り除く」要素を見極めることが重要である。
フローレンスの場合、病児保育事業では当たり前だった、「施設」を取り除き、病気になった子どもの自宅で保育を行う、訪問型の仕組みを取ることに決めた。施設型のビジネスモデルでは、商圏は施設周辺に限られる。けれども訪問型の仕組みであれば、それ以上の範囲の家庭が顧客になり得る。しかも、病気の子どもを施設に連れていく、という親の負担も軽減できる。
駒崎は派遣型のビジネスモデルを考える際、まずベビーシッター業界の仕組みを採用することを考えた。しかしシミュレーションしてみたところ、ベビーシッターの料金相場を踏襲すると、採算が取れないことがわかった。
というのも病児はリスクが高く、小児科医との提携などのコストをかけてリスクを減じなければならないからだ。しかも子どもが熱を出すタイミングは不定期だ。冬場が風邪で需要は多いが、春秋は需要が少ない。保育者の確保が必要な事業において、この季節波動は大きなネックだった。
そこで、駒崎は、ベビーシッター業界のモデルを踏襲するのではなく、大きく2つの点を変えた。まず一つ目が、預かる対象を「病児」に限った。健康な子どもを、サービスの対象から取り除いたのである。その代わりに病気のときは、確実に保育者を派遣することを約束した。病児保育を利用するのは、非常に緊急性・必要性が高い場合が多い。派遣の確実性を担保することは、大きな価値になった。
そして、もう一つの大きな違いが料金システムだった。1時間当たりの料金を設定する発生ベースでは、採算は取れない。そのため、自動車保険を参考にした、料金システムをつくった。病児保育は、普段は困らないが熱を出したときにものすごく困るから助けてほしいというものである。そのときに備えて、使わなくても料金を払ってくれる自動車保険に似ていると感じたからだ。そのため会員制にし、利用がなくても月々の会費をもらうことにし、赤字にならないビジネスモデルを設計した。
ブルー・オーシャン戦略実行の原点は、「他人のアドバイスではなく、現場の声を聴くこと」
事業開始に当たって、保育の専門家に相談したところ、素人が病児保育をなめるなとけんもほろろの扱いを受ける。友人の戦略コンサルタントからは100%失敗すると断言された。ベビーシッターは使ったからお金を払うものであって、保険と同じように使っていないのにお金を払うことなどありえないと言われたのだ。
駒崎はそれでも諦めきれず、直接ユーザーに聞くことにした。保育園の出口に立ち、アンケート用紙を配ると、回答のファックスが半数近くも戻ってきた。しかも「期待しています。頑張ってください」などと応援メッセージが付いたものも寄せられた。
実際、病児保育で困っていた母親が多かったのだ。ユーザーインタビューでも、子どもの緊急時の預け先が無いので、パートでしか勤められないと涙ながらに語る人もいたほどだ。子供がいつ熱を出すかわからないから正社員になれず、キャリアが阻害されていたのである。
子どもの発熱を恐れてビクビクしながら働き、子どもが熱を出すとつい舌打ちしてしまう――。そんな正社員の母親たちにも話を聞き、ニーズがあるうえ、それなりにお金を払ってもいいと思う人が多いことがわかった。使うかどうかわからなくてもお金を払ってくれる、ありえない人たちがここにはたくさんいたのである。