避妊、中絶を教えるのは
不適切なのか?

 ちなみに、授業の前にアンケートを実施したところ、例えば、「高校生になれば性交をしてもいい」という項目について、「YES」と回答した生徒は全体の46%だったが、授業の1ヵ月後に同様の調査をすると22%に減ったという。

「授業終了後の感想文を見ても、子どもたちが自分たちの性と性行動について真剣に考えた様子が伝わってきます。考えるからこそ、慎重になるのは当たり前のことです。『安全な性行動の知識』『自身の性衝動と対峙したときに選択のヒントになる知識』を持たせるのは、教育者の責任ではないでしょうか」(田代教授)

 なお、授業は全て公開されており、近隣の学校の教師や保護者も参観しているが、これまで内容について批判を受けたことはなく、「自分たちも知らないことが多かったので勉強になった」など、むしろ評価する声が多く寄せられているとか。
 
 では、この授業を不適切とした古賀都議の主張はどのようなものなのか。筆者は古賀都議に質問をし、回答を得た。内容を要約すれば以下の3点となる。

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(1)「性教育は、各々の子どもの成長段階に応じて行うべきもので、中学生の授業で、生徒に対し一律に『性交』だけでなく、『避妊』『人工妊娠中絶』を教えるのは適切とは言えない。『避妊』『人工妊娠中絶』を具体的に取り上げることによって、性に嫌悪感や恐怖感を持つ生徒がいる可能性を否定できない」

(2)「授業で『高校生で性交してもいいと思うか』と、生徒に教師が質問し、答えさせたようだ。生徒によっては羞恥心から答えたくない内容の質問がある。同時に、聞きたくない生徒がいるかもしれない。生徒の内心を守り、また生徒の心を傷つけない配慮に欠けていた問題も指摘できる」

(3)「教師は、妊娠は性交するうえでの『リスク』としている。妊娠は、胎児という生命の誕生であり、これを『リスク』とする考え方は不適切である」

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 まず、(1)については、確かに成長段階もさまざまで、性教育の受け取り方に差異が出ることも理解できる。とはいえ、性的行動は中学生であっても個人の判断で実施できる。問題は、正確な知識に基づいて判断できる若者がどれほどいるか、という点だろう。

 また、(2)の指摘にある、授業で感じる「羞恥心」についても確かに個人差はある。しかし、だからこそ性について考えることは恥ずかしいことではなく、ポジティブに捉えられる教育こそが大事だともいえるはずだ。田代教授は続ける。

「性の学習が始まる1年生の時には、『性』というとニヤニヤしたり、関心のないふりをしたりします。しかし、学習を積み重ねて3年生になると、こうした議論に真剣に向き合います。それは、『性』が生き方に関わる重要な問題だと受けとめるようになったからに他なりません。性教育はリスク回避や対症療法といった面も重要ですが、性をポジティブに捉えて、自分らしく幸せに生きる力をつけることに、足立区の中学校で実践したような『包括的性教育』の主眼があります。人権に関わることだからこそ、性のことを真剣に語り合うことがとても大切なのです」(田代教授)

 (3)については、人工妊娠中絶した20歳未満が1万4666件(平成28年度・厚生労働省「母体保護関係」)に上ること、未成年の乳児遺棄も繰り返されていることから、個別の事情により、時に妊娠がリスクになり得ることは自明だろう。