国の上を行く東京都の
受動喫煙対策

 この間、東京都は別の動きをしている。今年4月から「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」を施行し、自らの意思で受動喫煙を防ぐことができない子どもを保護する目的で、家庭や自動車内であっても子どもがいる場合は喫煙しないという努力義務を課すなど、受動喫煙対策には積極的であった。

 しかし、飲食店などの屋内については、国の動きとの調整もあり、2月に都議会に提出するはずの条例案を見送っていた。周知のとおり、国の法令に定められた基準に上乗せして制定される条例もある。もし、東京都が国の健康増進法改正案よりも厳しい防止策を条例として議会に提出し、可決されれば、東京都内ではそちらの規制が優先されることになる。

 このため、本年6月頃に発表されると見られていた東京都の条例案には注目が集まっていた。ところが、である。4月20日の知事定例記者会見で、小池百合子東京都知事は「誰もが快適に生活できる街を実現するために、『人』に着目した都独自の新しいルールを構築した」と発言し従業員を雇用している飲食店内は、その面積にかかわらず全面禁煙とする受動喫煙防止条例の制定を目指す方針を明らかにしたのである。

 従業員を雇用している飲食店は都内全店舗の84%に及ぶ。健康への影響が明らかになるまで行政処分や罰則の対象ではないものの、加熱式たばこも規制の対象となる。そして、屋内外の喫煙所、喫煙室の整備を都が積極的に支援することも発表された。

東京都案は十分に
エビデンスに基づいたもの

 筆者らとしては、この小池知事の決断には大いに拍手を送りたい。これまでの国で議論された防止策は、到底、科学的根拠に基づいたものとはいえず、自身がヘビースモーカーである国会議員自身の選挙区の都合や家族内のエピソード、はたまたたばこ産業やたばこ農家など少数のステークホルダーとの利害調整に基づいて形成されていたといっても過言ではない。

 しかし、今回の東京都案は、これまでの研究成果に照らしてみても、十分に妥当かつ合理的なものだ。小池知事は会見で「人」に注目した規制とする、と発言された。塩崎元厚生労働大臣や小池都知事のように、広く有権者である国民の健康や社会的厚生について考えた政治家が少数派だったことを極めて残念に思うものの、彼らの努力により、ようやくサイレントマジョリティの声なき声に光があたったと感じる。

 ただし、これまでも述べてきたように、この受動喫煙規制には、これまで相当な政治的な摩擦があった。東京都の防止策に対する案が出されて以降、早速、飲食店の業界団体が、小池知事に陳情しているとの報道もある。今回の小池知事の英断に横槍が入らぬよう、しっかりと見守っていく必要がある。

著者について 
中室牧子(なかむろ・まきこ)
慶應義塾大学 総合政策学部 准教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行、東北大学を経て現職。コロンビア大学公共政策大学院にてMPA(公共政策学修士号)、コロンビア大学で教育経済学のPh.D.取得。専門は教育経済学。著書にビジネス書大賞2016準大賞を受賞し、発行部数30万部を突破した『「学力」の経済学 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

津川友介(つがわ・ゆうすけ)
UCLA助教授(医療政策学者、医師)。日本で内科医をした後、世界銀行を経て、ハーバード大学で医療政策学のPhDを取得。専門は医療政策学、医療経済学。ブログ「医療政策学×医療経済学」で医療に関するエビデンスを発信している。