3 その他の指標
生活のなかにある、価値ある事物の多くは、GDPによって完全にとらえることはできない。しかし、健康、教育、政治的自由などの指標によってこれらを測定することが可能となる。
インド人経済学者アマルティア・センは80年代に、GDPに算入される「財」(commodities)と算入されない「潜在能力」(capability)とを区別するというアイデアを提唱した。
数年後、大学時代の友人だった、パキスタンの経済学者マブーブル・ハクが率いるプロジェクトで、センはこのアイデアを実現させた。その成果は、GDPを代替する試みとしては現在までで最も成功したものとなっている。
ハクは、70年代に世界銀行で当時の総裁ロバート・マクナマラを支える最高顧問を、80年代にはパキスタンの財務大臣を務め、89年にUNDPに加わった。パキスタンなどの貧しい国々にとって、GDPだけを基準に開発を迅速に推し進めることの難しさに長い間頭を悩ませてきた彼は、経済発展の測定方法を改善するプロジェクトを企画し、センをはじめとする数人の著名な経済学者に協力を依頼した。
このグループは、世界各地で手に入りやすかった平均余命と学歴のデータでGDPを補完することにした。また、これらの数値を組み合わせてシンプルな指数をつくり、各国をランク付けできるようにした。これはハクによる最も重要な貢献である。
2010年のUNDPによるインタビューで、センは次のように回想している。
「私はハクに、『君は、GDPのような1つの数字だけで複雑な現実をとらえるのは乱暴だと理解できるだけの知性を持った男であるはずだ』と言ったのです。すると彼は、後で私に電話してきて『まったく君の言う通りだ。HDIも乱暴すぎるかもしれない。しかし君には、GDPと同じくらい乱暴だがGDPよりも優れたその指標づくりを手伝ってほしい』と言いました」
90年に発表された最初のHDIは、当時、1人当たりGDPで他国を大きく引き離してトップに立っていたアメリカを、日本、カナダ、オーストラリア、欧州のいくつかの小国に続く10位にランクづけた。また、複数の国々、特にスリランカ、ベトナム、中国などを、生活水準の面で経済力以上の実力を持つ国と判定した。現在、開発研究の分野でHDIは有力な指標となっている。
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年一回発行される『人間開発報告書』では、主要な指数はあまり変わっていないものの、持続可能性や所得分布など他のさまざまな指標も取り扱っている。最新の報告書では、アメリカはHDIで4位だが、不平等調整済みHDI(国内の不平等の程度を加味した指数)では23位に留まっている。
HDIは、多くの類似の指標が開発されている。たとえば、ヘリテージ財団の経済自由度指数やトランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数などの単一テーマのランキングから、前述のレガタム繁栄指数などの幸福度を測定するような広範な指標に至るまで、多岐にわたる。
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いまや十分な統計学のスキルと時間を持つ人ならだれでも、自分の目的に合った国別ランキングを作成できる。OECDのウェブサイトでは、統計学のスキルがない人でも同様のことができる仕組みを提供しており、訪問者が最も関心のある指標をいくつか選択すると、その人だけの国別リストが生成できる(私のリストでは、オーストラリアがナンバーワンである)。