今やお茶の間の人気者
「ヒフミン」は超スゴかった

「神武以来(じんむこのかた。神話上の神武天皇以来)の天才」とうたわれた加藤一二三九段(78)は、藤井聡太と何度も最年少記録を比べられた。加藤は42歳にして中原誠十六世名人を破り、名人になった(翌年、谷川に奪われた)。現在、テレビで無邪気にはしゃぐ姿からは想像もできないが、序盤や中盤に異常なまでに時間を費やし、終盤で秒読みに追われながらも駒をバシッとたたきつけては相手を沈めてゆく往時の迫力を覚えている。

 19世紀、20世紀、21世紀の3つの世紀に生まれた棋士と公式戦を戦い、初代の木村義雄以来、実力制名人になってからの名人すべてと戦った。この記録はただただ畏敬するしかない。しかし、できれば歯は入れてほしい。「対局で入れ歯をすると集中して考えられない」とのことだが、引退したのだからもういいのではないか。

正真正銘の実力社会
知るほどに味わい深い将棋の世界

 ここまで脈絡なく稿をつづってきたが、最後に将棋の世界はまれに見る実力社会であることをお伝えしておこう。スポーツも実力主義の世界とはいえ、マラソンの五輪選考などでは選考レースに敗れた選手が、陸連によって「実績重視」などを理由に選出されることがある。柔道など他の競技も同様の傾向がある。

 将棋は違う。永世名人資格者で将棋連盟会長まで務めた谷川浩司九段も、4年前に長年在籍したA級からB級1組に陥落しながらも奮戦している。たった10人、毎年入れ替えられるA級に36年間も在籍した加藤一二三も、最後はC級2組。中原誠名人にかつて名人戦で挑戦し、棋聖位に3度も輝いた桐山清澄九段は、70歳の今もC級2組で奮戦する。

 将棋では、かつての実績を理由に現役舞台で何かが優遇されることなど一切ない。スポーツに比べて引退年齢が高いという差はあれど、「真の実力社会」こそが将棋の最大の魅力なのだ。

 さて、あなたはどう感じただろうか。本稿を読んで読者諸氏が将棋の魅力に改めて気づいてくれたなら、うれしい限りである。

(ジャーナリスト 粟野仁雄)