地獄に落ちないための引き際の作り方
諸藤:加えて、当時はすでに、起業前に自分のベストシナリオとして掲げていた「35歳までに3億円を稼いでリタイアする」という目標を達成できていたのに、気がつくと社長を辞めたくないという気持ちが大きくなっていました。
自己分析すると、過去に学校で表彰されたこともないのに、起業すると上手くいったこともあって、めっちゃ楽しかったんですね。感覚的には全く辞めたくない。だけど一方で、「3億円でリタイアする」って言っていたのに、実際辞めない人ってどうなんだろうとも思っていましました。自分の言っていたことすら貫徹できない人間なんてどうしようもないと。
エス・エム・エスの事業を振り返ってみると、ふと、自分はたまたま最初に当たった宝くじにしがみついているだけなんじゃないかとも思いました。ラッキーで良い事業に良いタイミングに巡り合っただけなんじゃないかと。日本では家電やメーカーに伝説の経営者が多いですが、これは偶然ではないと僕は考えています。家電が伸びる領域だったからこそ、その領域にいた会社の経営者が「伝説の経営者」として祭り上げられているんでしょう。基本的に伸びる領域では、サバイバルレースはあるにせよ、放っておいてもマーケットは伸びるわけで、長い目で見ると自動操縦感があるんじゃないかと。僕がエス・エム・エスを経営していたときの感覚もそうなんですね。
戦略も組織にシェアできていない状態で上場できているのは、ラッキー以外の何物でもないですし、楽しいから惰性でトップに居座り続けている経営者の下で、僕だったら働きたくない。加えて、自分の未来を自分で作ろうと思って起業したのに、自動操縦状態の会社にいるということは、それと逆のことをやっているんじゃないかと思ったんです。
でも、エス・エム・エスの経営者を続けたい気持ちが強過ぎたので、「3億円を35歳までに稼いでリタイアする」という目標を、「3億円、もしくは35歳になったらリタイアする」に変え、「これで辞めなければ地獄に落ちる」と思って、辞める期限を自分で切りました。
朝倉:地獄には、落ちないと思いますよ(笑)。
諸藤:そもそも、どうして経営者人材の育成や採用といった人材マネジメントを、自分はこんなにも気にしていなかったんだろうと思い返してみると、日本の大企業は、人材マネジメントがうまくないと直感的に思っていたことの裏返しなんだと思います。
つまり、「ベンチャーはテンション高くやっている」=「大企業よりいい」という単純な二項対立でスタートアップと大企業を捉えてしまっていたために、根拠のない自信があって人を育成できていなかった。放っておいても人は育つと思っていたんです。
しかし、グローバルで成長している企業の人材マネジメントを見てみると、CEOのパイプラインを伏線的に作るなどの施策を意図してやっていることが分かったので、レベル感は低くても、同じことをやるべきだという結論に至りました。