EUとのEPAで2000円程度の欧州ワインは300~400円安くなる

――早ければ来年には欧州連合とのEPA(日欧経済連携協定)が発効されます。欧州のワインが安く手に入るようになれば日本のワイン市場は広がるかもしれませんが、日本のワイナリーには短期的に逆風になる恐れがあります。

 日本・チリ経済連携協定(EPA)のときは、チリの手頃なワインが沢山入ってきて、日本のワイン市場のすそ野を広げてくれました。ただ、その際に平均2000円の価格帯にあるいわゆる高級ワインは、ほとんど影響を受けることがありませんでした。
 しかし、今回のEUとのEPAは違います。歴史的な背景を含めて付加価値の高いワイン産地のワイン、つまりフランスやイタリア、スペインのワインが、たとえば市場価格が2000円程度のワインだと300~400円も安くなります。しかも、ブレグジット(イギリスのEU離脱)の影響で、ポンドが安くなるとイギリス国内では輸入品が高くなるので、イギリスという大きなワイン市場からフランスやイタリア、スペインなどのワインが締め出される可能性がある。

 だからこそ、そうした欧州の伝統的な産地のワインは「適切な市場」として日本に照準を合わせています。ガット・ウルグアイラウンド(関税貿易一般協定・多角的貿易交渉)では、輸出補助金は認められていませんが、プロモーション費用は出せるので、EUのワイン生産国は早晩、日本にものすごい宣伝攻勢を仕掛けてくるでしょう。EUとのEPAは、28ヵ国中20ヵ国の言語が異なる状況にありながら、批准に向けテキストをまとめ上げるなどして、早ければ来年6月にも発効されるという異例のスピードで進められています。

――2000円台のワインが一番影響を受けるとすれば、チリ産ワイン参入のときの教訓からいうと、もっと高価格帯のワインはさほど影響を受けないのでは?

 そうですね、3000円以上、あるいは5000円以上のワインは、むしろ価値がより明確化する可能性もあります。造り手の考えと農場のブドウの品質とがしっかり融合し、ワインとしての価値があるかです。迎え撃つ日本のワインが、そんな風になれるかどうかでしょう。なまやさしいことではありません。

――つまり、輸出する場合は関税ゼロでメリットも受けるけれども、現状では輸出比率は低いので、国内市場で受けるデメリットのほうが大きい、ということですね。

 弊社で今、輸出比率は全体の1割程度です。これを早期に3割まで上げたいと考えていますが、早くてとも数年はかかるでしょう。だから、国内市場で競争が激化するなか、付加価値を2割上げるのか、あるいはコストを2割下げるか。後者の試みも、あまり日本のワイナリーではなされてきていません。

――後者の「コストを下げる」とは、生産量を上げて、単位当たりの効率を上げていくということですか。原料のブドウ確保も課題になりますね。

 作業効率を上げながら、量をたくさん作ってもらって農業総収入を上げるという考え方ですね。自立した経営で規模を拡大していくわけですが、その場合も、最初に申し上げたとおり「適切な市場」を確保できるかがやはり課題になると思います。

――今回の著書の共著者でもある娘の彩奈さんは、現在はグレイスワインの取締役栽培醸造責任者、つまり技術者なわけですが、将来「経営者」になるにあたり伝えておきたいことはありますか。同様に、北海道のワイナリーの代表を務める長男・計史さんにも、これは伝えたいということがあれば是非教えてください。

 人は自身が見て感じているものが「世界のすべて」だと思いがちですが、しかし、世界はもっと先まで続いているわけです。世界は自分が知っているより、ずっともっと広い存在で、その中に自分がいるんだ、と覚悟しなければいけない。たとえば、彩奈にしても、今は技術者の仕事に集中して高みを目指しているので、自分はプレーヤーだと思っているでしょうが、家業では少なくともプレイングマネージャーにならないといけない。技術者としてブレないことは大事だけれども、「世界水準でこだわること」と「世界観がもたらす視座をもつこと」は違うんですね。計史にも、いま造っているピノ・ノワールは高い評価を得ていますが、それが海外でも通用するかどうか、そういうより広い視野を常にもって取り組んでもらいたいと思っています。

――彩奈さんは、「父(三澤社長)にもいろいろ言いたいことはあるだろうけれど、“老いては子に従え”と言うからね、と黙って見守ってくれるのが有難い」とおっしゃっていました。

 それは、もちろんそうですけどね。でも頑張ってもらわないと、私も引退できないよ(笑)。