「どうすれば、一生食える人材になれるのか?」
「このまま、今の会社にいて大丈夫なのか?」
ビジネスパーソンなら一度は頭をよぎるそんな不安に、発売1ヵ月で6万部超の著書『転職の思考法』で、鮮やかに答えを示した北野唯我氏。
今回は、40歳頃に訪れる「キャリアの行き詰まり感」について語った。
「元ゴールドマン・サックス」も、何十社も不合格が続く現実
「いやぁ……ホントまいってます……」
どこか自信をなくしたような40歳の男性を見て、私は腹の底から驚きました。なぜなら、目の前のキャリアに悩む方は、なんと「ゴールドマンサックス」出身の方だったから。しかも、人柄も素敵で「優秀な方」でした。
言わずもがな、ゴールドマンサックス証券は、平均年収数千万円とも言われる、泣く子も黙る「資本主義の覇者」です。リーマンショックの時さえも、堂々と利益を稼ぎ出したという話もあります。彼はその後も金融の雄として、いくつかの会社を渡り歩いていました。そんな彼が40歳にして苦しんでいる。
私は聞きました。
「どういうことでしょうか?」
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。2018年6月に初の単著となる『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』を出版。
話はこうでした。キャリアの節目と呼ばれる年齢を迎え、突然クビになり、「次の仕事先が見つかるか」不安で仕方ないというのです。実際、何十社も受けて不合格が続いているようでした。
たしかに、彼のいた職種は投資銀行の中でも「かなり特殊」な仕事でした。必要な技能も、トレーダーのように「若さと勘」が重要となる職種。そして、外資系投資銀行のような業界は「若くて圧倒的に優秀な人材」が毎年、入ってきている産業です。競争も激しい。
したがって、歳をとり、一度勝負に負けた人材は意外と「若い人に勝てない」のだというのでした。なるほど、目の前の男性の表情を見るに、真剣に悩んでいらっしゃいます。
私はすーっと息を吸い込み、10歳は年上だろう、その男性に対して結論を言いました。
「あなたには、賞味期限が長いスキルが必要です」
賞味期限?
彼の顔に「???」が浮かぶのがわかりました。
「賞味期限の長い技術」を身に着けろ
そもそもビジネスマンの「市場価値」とは、三つの要素で決まります。それは、技術資産と、人的資産、業界の生産性の3つ。
その中で見落としがちなのは「技術資産には賞味期限があること」です。
これは、水商売のようなものをイメージするとわかりやすいでしょうか。「若さだけ」を売りにした戦い方は、歳を取るほど苦しくなります。一方で「相手の本音を気持ちよく引き出す」ような技術は歳を重ねても残り続けるでしょう。
あるいはビジネスの世界でいうと「雑誌の編集技術」は雑誌そのものの衰退により、かつてより、価値が減ってきている。
このようにスキルには「賞味期限」が存在しています。
そして賞味期限には、野菜で例えると、じゃかいもか、レタスかのように「腐るスピード」に差があります。つまり「賞味期限が長い技術」と「短い技術」です。そして彼に必要なのは、歳を重ねても生き続ける「賞味期限の長い技術」だったのです。
そこで私は、マネジメントや教育などを軸にした「賞味期限の長い技術」を身につけるべく、「ピボット型キャリア」を提言しました。(詳しくは『転職の思考法』を参照ください)
医師が以外と「ベンチャー」向きである理由
別の話があります。先日、ある友達に、キャリアの相談を受けました。
彼は外科医。東京にいる人なら「誰でも知っているような、超有名な病院」に勤めていました。そんな彼もキャリアに少しだけ悩んでいたようでした。
話を聞くと、どうやら悩みは二つ。
一つは、エリートばかりが集まる病院の中で「自分の学歴」では、中々出世は厳しいという話。正直、彼の学歴は世の中的には「すごい」のですが、そのエリート病院の中では中の下とのことでした。
これはビジネスの世界でも見られる現象で、UFJならXX大学。SMBCならXX大学など、いわゆる「典型的な官僚・エリート組織だからこそ起こる、学歴の壁」と呼べるものが存在します。
もう一つは「飽き」です。そもそも、その友人は飽きっぽい性格。新しい環境や技術を常に追い求めるタイプでした。だから外科医を選んだのはとても彼の性に合っていた。それでも「少し飽きてきた」ようでした。
そこで、私はその友人にこう言いました。
「草ベンチャーやった方がいいよ」
草ベンチャーとは、大企業に勤める人などが、土日や平日の夜を使って、「副業的にベンチャーで働くこと」です。実際、私自身も大企業に勤めながらこっそりベンチャーで働いていたこともあります。
そして医師の友人は、まさに私のように「好奇心の塊のような人間」だったため、草ベンチャーを提言したのでした。
「外科医がベンチャー?」そう思った方もいたかも知れませんが、実は私にはこの両者の相性がいいことを経験上知っていました。外科医は医師の中では「自分で手を動かすのが好き」そして「挑戦心が強く」「自己評価が高い」タイプが多い。そしてこの3つの要素はまさにベンチャーで活躍するにぴったりです。
加えて、私自身がコンサル時代に「医師からコンサルに飛び込んできた人たち」をたくさん見てきたからです。その中にはベンチャーに飛び込んだ仲間もいます。つまり「理論」と「事例」がすでに自分の中に蓄積されていたのです。だから確信を持ってアドバイスできました。
キャリア論は、史上最難関の「異種・総合格闘技戦」時代に突入した
今、キャリア論は「異種格闘技戦」の時代に突入しました。
私は普段、いろんな人種のトップランナーたちとキャリアや経営について話します。例えば、世界的なプロ経営者、日本一の投資家、メダリスト、世界で認められる科学者などです。あるいは、もっと日常的には、士業、人事、人材エージェント、学生など。
その中で一番驚くのが「キャリアアドバイザーの知見レベルの低さ」と「やる気のない人事」の存在です。具体的にはこれだけキャリア論を語るのが難しくなってきた時代にも関わらず、
「ホント、こいつ何もわかってないのに、適当にアドバイスしてるな」
と感じる人がいることです。いや、何も知らないならまだしも「新しいことを学ぼうとしない人」には、グーパンチすらしたくなります。だってキャリアに携わる仕事とは、人生で一番高い買い物と言われる家よりはるかに重要な「人の人生」そのものを取り扱う仕事だからです。
しかし、冷静になると、これは構造的には仕方ないことでもあるとも考えます。
名著『学力の経済学』のなかで中室牧子氏が、教育論の難しさについて、教育論の難しさは「すべての人が持論を展開できてしまうこと」だと指摘しています。なぜなら、誰もが「自分の経験」だけは持っているからです。一方、法律や会計学のようなジャンルではそんなことは起きません。
何が言いたいのか?
それはこうです。
キャリア論は今、人生100年時代に突入し、副業や時短、リモートワークの増加、メルカリに代表されるそもそもの事業構造の変化など、たとえるなら「超高難度の異種格闘技戦」に突入しました。
そんな時代に必要なのは、自分の経験だけではなく高い専門性からプロフェッショナルとしてキャリアを語れるアドバイザーではありませんか。
そして自戒もこめて言えばHR産業自体も全体の底上げが必要なのです、と。