発売1ヵ月経たずして6万部を突破した『転職の思考法』著者の北野唯我さんが、「良き師匠として、いつもアドバイスを仰ぐ」という為末大さんとともに、「人生100年時代のキャリア論」をテーマにトークイベントを行いました。同じ会社で定年まで勤めあげることが難しくなった世の中で、どうキャリアを築いていくべきなのか。「40歳までに戦力外通告を受ける」という厳しいアスリートの世界で生きてきた、為末さんのキャリア論とは。前後編二回でお届けします。
(構成:大矢幸世 写真:中里楓)

キャリアは、理屈だけでは意思決定できない

北野 今日はみなさん、ありがとうございます。為末さんとの対談、実は3回目なんですよね。

為末 最初はマンションの一室みたいなところでしたが、すっかり北野さんも立派になったのか、こんなきらびやかな部屋で(笑)

為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2018年7月現在)。
現在はSports×technologyに関するプロジェクトを行うDeportare Partnersの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』『諦める力』 など。

北野 いえいえ。(笑)

為末 私たちが共通する思いとして持っているのは、「なぜ、こんなにつまらなさそうに働く人が多いのだろう」ということ、そして「この社会は、もっと『人の配置の最適化』を真剣に考えなければならないのではないか」ということなんです。北野くんの書いた『転職の思考法』には、まさにそういった課題を解決してくれるカギがたくさんあって……ほんと、これを読まずして、何を読むのか、と。

北野 ありがとうございます!

為末 そもそも、この本を書こうと思ったきっかけはなんだったんですか?

北野 そもそも、日本っていま「大転職時代」に突入しつつあって、総務省の統計局によると、2010年から転職者の数は毎年増え続けて、2016年には306万になりました。あるいは、ある調査によると、「二人に一人が人生で一度は転職する」という結果もでている。でも、その転職に関する「情報」はあっても「意思決定の方法論」はない。自分自身が20代で二回転職しているからわかるんですが、転職って、とても大きな意思決定です。でも、重要な意思決定って理屈だけではできないじゃないですか。もっと「不安で、ボヤっとした」ものだと思うんです。

北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。

為末 ああ、そうかもしれないですね。

北野 「お世話になってる先輩や同僚に申し訳ない」「彼女が賛成してくれない」「他社でも通用するかどうか自信がない」……そんなモヤモヤした思いを抱えているはずなんです。そんな気持ちに寄り添えたら、と思って、本はストーリー形式にしました。
本の中にも書いていますが、僕は、働いている人が全員「いつでも転職できる」というカードを持てば、結果、その会社自体も絶対よくなるはずだと考えているんで、その状態を本を出すことで実現したかったんですよね。

40歳になって「間に合わない」と気づいたからこそ、意思決定できるようになった

為末 この本を読んで考えたのは、キャリア論って答えがないけど、面白いなぁ、ということ。私は子どもの頃から基本的に、油断するとつい飛躍したことを言ってしまう性分で。ある日社員が一生懸命みんなの意見をまとめようとしてるのに、自分がどんどん広げてようとしてるのに気づいたんです。会議の終盤になって「いや、そもそも、なんでこうなんだっけ? むしろこっちが面白いんじゃない?」みたいな。

北野 為末さん、言いそうですね(笑)。

為末 でも、それが収束型の思考をする人にとっては、才能に見えるらしくって。そこではじめて私は「あ、収束型の人と一緒に仕事すると、うまくいくんだな」と気づきました。組織として、自分の弱みを補ってくれるような人と一緒に戦えばいいんだと思ったんです。

北野 たしかに、組織というのは本来、異なる強みを持った人が集まる場所ですからね。為末さんは元々、スター選手だったわけですから、他人に補ってもらうという考えは、若い頃には受け入れにくかったはずです。

為末 そもそも、私にはどこか「なんでもできるはずだ」というバイアスがあったんです。でも、40歳になって「あれ、これちょっと間に合わないのかもしれない」とわかりはじめてきた。ある種、何かを手放したのかもしれません。

北野 それって、40歳になり「このままだと、死ぬまでにやりたいことが間に合わないぞ!」と気づいたからこそ、意思決定できるようになったという側面もありますよね?

為末 確かにそうですね。決断には時間の概念が重要だと思います。余計なことにあまり期待をしなくなったんです。以前だったらもう少し「私ならビジネスでもやれるんだ」と思っていたと思いますが、これから10年、20年ムダなことには時間をかけられないから、判断しやすくなった。「自分に失望している人」って、自分に期待しすぎてるんじゃないでしょうか。そのさじ加減がうまくいくと、やるべきことを絞りこむことができる。淡々としていると、実は人生って拓けるかもしれません。

北野 自分に期待しすぎない、「プライド・マネジメント」が重要なのかもしれませんね。

アスリートもビジネスパーソンも、40歳でキャリアを考え直す時代に

為末 ただアスリートが難しいのは、40歳近くになって戦力外通告を言い渡され、そこからセカンドキャリアを模索しないといけないところですよね。20歳前後である程度見込みをつけてもらえないというのは、ある種残酷でもあります。

北野 そういう意味では、ビジネスパーソンも同じだと思います。現に、東京大学大学院の柳川範之教授が「40歳定年制」を唱えていらっしゃいますけど、要は1つの会社で60歳まで勤め上げるのは無理だから、40歳、60歳、80歳と20年ごとにキャリアを考えましょう、ということ。そのために欠かせないのがリカレント教育だとおっしゃっているです。つまり「ずっと学び続けること」ですよね。そして、リカレント教育のもっとも重要なポイントは「学び方を学ぶこと」。これまでの時代はいわゆる「教科書的なアプローチ」が有効だった。つまり、一度知識を覚えてしまえばそれでよかったけど、今の時代は違う。「答え」そのものが変わっていく中では、自分なりの答えを模索しながら学びつづける必要があります。その為には、学校教育も「一回正解を覚えたらOK」という方式ではなく、「学び続ける方法」を学ぶ場にしないといけないと思っています。

為末 そこが悩みどころなんですよね。アスリートの場合、自身の経験やスキルをどうセカンドキャリアに結びつければいいのか、整理しにくいのも確かで。

北野 本でも紹介したのですが、自分の市場価値を考える上で、「市場価値(マーケットバリュー)の測り方」があるんです。

これが参考になるかと思うのですが、技術資産は専門性と経験で成り立っています。アスリートの場合、20代前半までに専門性を、20代後半までに経験を身につけて、30代になると人的資産が重要になってくると思うんです。たとえば、本田圭佑選手は技術資産の高い人だと思いますが、ACミランというビッククラブでプレーした経験を経て、サッカー以外にもリーダーシップを発揮してますよね。人的資産には社内と社外も含まれていて、この社外とのつながりというのがカギになってくる。アスリートのセカンドキャリアを考えると、技術資産の中でもリーダーシップやマネジメントの経験を転用して、社外の人的資産を活用することでキャリアチェンジを図れるのではないでしょうか。

為末 多くの選手は自分のやってきたことが社会のどこに位置づけられるのか、わからないんです。しかも、スマホに登録されてる連絡先の9割方が同じスポーツ界の人だったりする(笑)。その比率が7割になるだけでもだいぶ変わってきそうですよね。異なる業界の人から「あなたの経験はこんなふうに活かせるのではないか」とフィードバックを受けることで気づくこともあるはず。

北野 まさに社内だけではなく、「マーケット(市場)を見ろ」ってことですね。

99%の人には、どうしてもやりたいことがなくてもかまわない

為末 私が現役引退してから他の業界の方と話すようになって気づいたことなのですが、「やりたいことがわからない」人も多いんですね。スポーツ界は基本的に「やりたいこと」が明確な人が多いんで、少し意外でした。

北野 それはベンチャー経営でもぶつかる問題です。CEOはだいたいやりたいことを持っているからこそ、起業する。でも、世の中の大半の人、つまり従業員は、CEOほどはがやりたいことを持っていない。だから、CEOは往々にしてこの差に苦しむことになる。実は、この本で一番反響があったのは、「どうしてもやりたいことはなくていい」という4章の部分なんです。具体的には、人間は次の2種類がいると語った部分です。

・to do(コト)に重きをおく人間……何をするのか、で物事を考える。明確な夢や目標を持っている

・being(状態)に重きをおく人間……どんな人でありたいか、どんな状態でありたいかを重視する

実際、99%の人間はbeing型。彼らにとって、「どうしてもやりたいこと」は絶対に必要な要素ではないと語っています。

為末 じゃあ、何が必要なんですか?

北野 ひとつ挙げるとすれば、「緊張と緩和のバランス」です。RPGゲームを考えてみてほしいんですが、敵が強すぎたり、逆にずっと弱すぎたりしたら、楽しくないじゃないですか。自分の「強さ」が、置かれた環境に対して適切で、日々いい緊張感を感じられることがbeing型の人にとっては大切です。そして、その「強さ」に当たるのが、自分のマーケットバリューなんですよね。

為末 なるほど。でも、たとえto do型であっても、「どうありたいか」とbeingを考えることは重要ですよね。beingを無視して理屈上正しい選択だけしつづけてしまうと、あとから「やっぱりイヤだ!」みたいな感情が出てくることがあるんですよ(笑)。数値化できないことなので難しいんですけど、「何が自分にとってイヤなことなのか」くらいは決めておいたほうがいい気がします。

北野 確かに「楽しそう」というのもbeingですからね。

時代の変化の本質は「人と会社の寿命が逆転した」こと

北野「人生100年時代」とよく言われますけど、この世の中の変化の本質は、「寿命が100年になった」ところではなく、「人の寿命と会社の寿命が逆転した」ところだと思うんです。たとえば、僕が生まれた1980年代には、ひとつのプロダクトが10数年売れつづけた。けれども今は2、3年でサービスも変わって、勢いのある会社もどんどん変わってしまう。つまり、会社の寿命が短くなっている。一方で、人間の寿命は延びている。だから、「どこかで人は会社を変えないといけない」。こういう構造です。

その中で、かつては会社の中で「この部署に」「次はこの分野」と人事部主導でジョブローテーションして、社員を育成していたシステムが担保できなくなった。だから自分自身が転職する必要が出てきたわけですけど、まだまだ転職は物理的にも精神的にもコストが高すぎる。つまり「移動コスト」が高すぎること、それが今の日本の改善ポイントだと思っています。為末さんは、世の中の変化の本質ってなんだと思いますか?

為末 年齢が関係なくなってきたことですよね。たとえば、いまうちの会社を手伝ってくれている大学院生がいるんです。彼は英語で論文も読めるし、喋れる。いろんなことができるもんだから「偉そうに何かを教えたい俺の気持ちはどうしたらいいんだ」と(笑)。昔は物を知っている年上の人が年下の人に教えていたけど、彼を見ていると、年下のほうが年上よりも賢い場合がある時代が来てるなぁ、と感じますよね。

変化でいうともうひとつ、こないだの日大アメフト問題でもわかる通り、ポリティカルコレクトネスというか、倫理的価値観の相違がものすごく大きくなっている。スポーツ界には、まだまだ価値観が前時代のままの人も多いから、それが外部の世界と接触したり、SNSで顕在化した途端に問題として噴出してしまう。アメリカよりはマシかもしれないけど、日本でも少なからずその分断は広がっている気がします。
今日の最善が明日の最悪になるかもしれないし、飛びついたものが一気に衰退するかもしれない。人類が追いつけないほど、その変化のスピードが早まっている気がします。

(後編へ続く)