睡眠障害にも効果を発揮する

 ある簿記係をしていた書痙〔指けいれん〕に悩む人物は、文字を書こうとすると指が震え、失職直前の状況に追い込まれフランクルの病院を訪れました。そして「自殺したい」と告げます。それまで数ヵ所の病院で治療を受けてきたのですが、治癒しなかったのです。

 ここでも「逆説志向」が効果を発揮します。

 この患者を担当したフランクルの同僚は、読みやすい文字を書こうとするのではなく、なぐり書きするように指示します。「さあ、私がどれほど素晴らしいなぐり書きの名手であるかをみんなに見せてやろう」※3と。

 すると翌日には書痙症状から解放され、その後の観察期間において再発することはなかったのです。

 この「逆説志向」は睡眠障害にも効果を発揮すると、フランクルはいいます。

 睡眠障害といわずとも、夜、眠ろうとして眠れない経験を多くの人がもっています。過去に起きた嫌なことや昼に職場で言われた嫌味や明日の重要な会議を思い浮かべて「うまくいくか」と不安になり、人は眠れなくなります。眠ろうと思えば思うほど、眠れなくなるのです。

 眠ろうとする自分に意識が向きすぎる「過剰な自己観察」のために余計に睡眠が遠のいていきます。そこでフランクルは、眠れない夜は眠ることを諦めるように勧めます。

「今夜はちっとも眠りたくない、ひとつ今夜は体を休ませながら、あれやこれやを考えてみたい。この前の休暇のことや、つぎの休暇のことをなど」※4

 本来であれば避けたい眠れない状況を、ユーモアをもって自ら望むことによって逆に睡眠を求める過剰な意識が薄れて眠りが訪れるというのです。

 こうしてフランクルは「逆説志向」を用いて多くの不安を抱える患者を治癒しました。