「来るべき未来」への想像力
「何をやるべきか」のために未来を定義する

 東京大学を卒業後、通産省(現・経済産業省)を経てアメリカのスタンフォード大学に留学、1997年にマイクロソフトのアメリカ本社に入社した沼本健氏は、クラウド担当のコーポレートバイスプレジデントを務めている。アメリカ本社で120名程度しかいない、日本人では全社で最上位のポジションにいる。

 Windows、Office、サーバー製品からクラウド関連まで主要な役職を歴任。現在、日本で「働き方改革」の主力サービスとなり、多くの上場企業が採用している「Office 365」は、沼本氏がOffice事業部にいたときに、Officeのクラウド版として世に発表したものだ。

 CEOに就任するまでクラウド事業を率いていたのが、ナデラ氏。かつて直属の上司だったナデラ氏のことを沼本氏はよく覚えている。

「とても地に足がついている、という印象を持っていました。テクノロジーはどうあるべきか、クラウドはどうあるべきか、目指すべきビジョンをしっかり語る一方で、お客さまにとってのリアリティは何なのか、ということを強く意識していましたね。それを理解するために、たくさんの時間を使っていました」

 もうひとつ重要なことは、ナデラCEOがエンジニアであったということ。

「根っからのエンジニアですから、とてもテクニカルです。本当に技術のコアのところを、かなり細かいところまで把握していました。今はCEOの立場ですが、技術への理解は変わっていないと思います。これからどんなものの考え方をしないといけないのか、データベースではデータをどう集めてくるのかなど、具体的に理解している。その上で、こうあるべきだ、という指示がやってくるんです」

 そして何より印象に残っているのは、あるべき姿を追求していく姿勢だ。

「変わることがいいとか、変わらないといけない、というよりも、こういうあるべき姿があるよね、そこにはなかなか到達できないけど、常にその姿に向かってやっていこう、という姿勢なんです」

 日本マイクロソフトの前社長で、現在はパナソニック代表取締役 兼 専務執行役員の樋口泰行氏は、スティーブ・バルマー前CEO時代からの変化を現地法人のトップとして直接、受け止めてきた人物だ。ナデラCEOになってからの変化をこう語っていた。

「とても視点が高い、ということがいえますね。技術的にも詳しいし、エンジニア出身で頭脳もシャープですから、これまで以上に遠くが見えている印象はありました。サティアが言うなら間違いないだろう、という雰囲気があった。だから、ワイワイがやがや、みんなで会社を作っているという感じでしたね。覇権争いみたいなものはなくて、チームワークがものすごくいい。お客さまにとって正しい利便性は何か、という考えを貫いていますから、説得力があるんです」

 樋口氏の後任の平野拓也氏は、ナデラCEOを端的にこう語る。

「ナイスガイですね。超優秀なエンジニアであり、哲学者っぽいところもあり、ちょっとシャイな人でもあり。人に対して、リスペクトの気持ちを強く持っているという印象があります」

 これはアメリカ本社の取材でも耳にしたことだが、ナデラCEOは障害のある子どもを持っている。このことで、彼の人生の価値観は大きく変わったという。

 ナデラCEOがよく口にする「enable everyone」(誰もができる)は、こうした境遇にあるからこそ、より強い意識になるのかもしれない。できない人の気持ちを考え、できたらどんなに素敵だろうという想像ができる人物だということだ。そこから、マイクロソフトは何をやるべきか、を改めて構想していったのである。

 ちなみにナデラ氏のCEO就任は意外だった、という声も社内にはある。スティーブ・バルマー前CEOの退任から半年かけて人選は行われた。平野氏はこう語る。

「正直、サティアがトップになったときには、驚きました。それまで、プロのビジネスパーソンや経営のプロが候補者として取りざたされていましたので。それには気持ちがげんなりしていました。でも、選任した経営ボードもマイクロソフトのDNAが何かというのをよく理解していたと思います。新しいように思えて、結局はルーツに戻ったんじゃないかと。テクノロジーにパッションを持ち、喜びを持って世界を見る人を選んだんです」