自社のアイデンティティを見直す
「自分たちがいないと世の中はどう困るか?」

 2014年にCEOに就任したサティア・ナデラ氏。まずは、驚くべきことにマイクロソフトという会社の「ミッション」を変えている。まさに、自分たちは何のために存在しているのかを問い直したのだ。

 そしてそのために取り組んだのが、会社のカルチャー変革に挑むことだった。

 前出のセールスとマーケティングのトップ、ジャン=フィリップ・クルトワ氏は言う。

「長くこの会社で仕事をしていますが、最も大きな変革であり、最もエキサイティングな変革でしたね。まずはビジネスの刷新を目指したわけですが、必要なことは会社のカルチャーの変革でした。そこでまずはミッションを定義していこうということになったんです」

 ミッションは、チームでは「アイデンティティ」という名前で呼ばれた。

「すなわち私たちは一体何者なのか。どういう存在なのか。何のためにこの仕事をしているのか。そして、お客さまに対してどんな価値を提供することができるのか。そこからスタートして、実際に具体的なステップを通じて、社員、関係者を鼓舞していこうというのが基本的な考え方だったんです」

 創業40年になろうかという世界最大のソフトウェア会社が、改めて自分たちの存在意義から見直していったというのだ。こうして生まれたのが、新しいマイクロソフトのこのミッションだった。

Empower every person and every organization on the planet to ac hieve more.
「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」

 会社のミッションとは、日本語でいえば、経営理念だろう。それを変えてしまうとはなんとも大胆に思えるが、よくよく考えてみれば、もしミッションが今の時代とそぐわなければ、未来とずれた方向に会社が進んでしまう。

 未来を見据えた上でどこに進むべきか、幹部の一人は「ノーススター」とも呼んでいたが、目指すべき「星」が必要になるのだ。

 実はマイクロソフトのミッションは、過去にも変わっている。創業者のビル・ゲイツ氏が1980年代に明確なミッションとして掲げたのが、これだ。

A computer on every desktop and in every home.
「すべてのデスクと、すべての家庭に1台のコンピューターを」

 今見れば当たり前のように思えるが、30年以上前はそうではなかった。むしろ、「そんなことができるはずがない」と多くの人が思った、とんでもなく野心的なミッションだったのだ。

 そして時代が変わり、マイクロソフトのミッションは変わった。スティーブ・バルマーCEO時代はこれである。

To help people and businesses throughout the world realize thei r full potential.
「世界中のすべての人々とビジネスの持つ可能性を最大限に引き出すための支援をする こと」

 ビル・ゲイツ氏、スティーブ・バルマー氏の時代から20年以上、マイクロソフトのコミュニケーションに関わり、現在はコミュニケーションのトップとしてナデラCEOの変革の戦略づくりに加わっているコーポレートバイスプレジデントのフランク・ショー氏は、ミッションをめぐるナデラCEOの発言をよく覚えている。

「マイクロソフトのミッションとして、ほとんどの人は最初のものを覚えているんですね。でも、2つ目は覚えていない。忘れやすいミッションだったんです。サティアは言いました。最初のミッションはすごくクリアだったし、アクションが取れるものだった。そして、そのミッションは達成した。達成することができてしまうと、会社としては良くない。仕事は終わってしまうから」

 なのに、ミッションがはっきりしていなかった。その結果、集中できなくなってしまったのだ。ショー氏は続ける。

「ミッションは、会社の心を反映したものでないといけない。社員のためになるもの、助けになるようなもの、そして我々を説明するようなもの、さらには我々の周囲にある会社にも関連性のあるものにしないといけない、と」

マイクロソフト歴代のCEO

マイクロソフトCEOが最初に考えた<br />企業にとって「最も大切な質問」ビル・ゲイツ(左)、サティア・ナデラ(真ん中)、スティーブ・バルマー(右)

 だが、ナデラCEOに最初からはっきりした言葉のイメージがあったわけではないという。

「CEOになったときに、考え始めたんです。面白いと思ったのは、もしマイクロソフトが存在しなかったら、世の中はどんなふうに困ったか、と考えたんですね。そこで、シニアリーダーや社員に聞いた。これまでに何をしたのか振り返ったんです。過去に成功したものが何だったか、それによってどういうことが起きたのか明確にしていった。何度もミーティングをして、言葉を話し合っていったんです」

 会社の存在理由を考えるとき、もし自分たちが存在しなかったら、世の中はどう困るかを考えてみる。これは鋭い考察かもしれない。

 余談だが、あるミーティングで、リーダーの一人がこのミッションに異議を唱えたことがあったという。

「on the planet(地球上の)というのは、おかしいんじゃないかと。でも、これはサティアがアメリカ人でなかったことが大きかったかもしれません。地球上の全員という意味を込めた言葉だったんです。その人たちがしっかり参加できるようにしようというミッションでした」

(この原稿は書籍『マイクロソフト 再始動する最強企業』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)