(3)自らの指標を敵から守るための、
「イノベーション阻害戦略」

 さて「戦略」→「イノベーション」という2段階を経た後の3番目のサイクルは、「イノベーション阻害戦略」です。

 これは自らが有利な戦略を保持している時に、敵にイノベーションを起こさせないための戦略です。目的は、現状で支配的に機能している自社の美味しい指標を、敵に覆されることなく長期間利益に変換することです。

「イノベーション阻害戦略」は筆者の現在の研究課題でもあるのですが、既に多くの場所で指摘されている代表的な「イノベーション阻害戦略」をここでは挙げておきます。

「ネットワーク効果と互換性」

 参加する人数が多いほど、そのネットワークの価値が高まること、また特定のソフトを使用するための「互換性」が、同じ企業のソフト、PC購入を促す効果のことです。

 特定のプレゼンソフトでデータが送られてくる場合、受け手はその内容を読むために、同じ企業のソフトが必要になります。結果的にソフトを使用する集団が大きいほど、より多くの消費者に「特定ソフト」を購入すべきという指向性が高まることになります。

 マイクロソフトのワードやエクセルといったソフトが世界標準となることで、文書作成のソフトにワードを選んだり、OSにウィンドウズを選ぶ人が自然と増えます。そうすることで、従来の指標を覆すような新しい指標は生まれにくくなります。

「インクカートリッジ効果」

 この言葉は一般的には普及していないようですが、多くの方が日常実感していることでしょう。各メーカーでインクカートリッジの規格が異なるので、プリンターを一度購入すると、自動的にメーカー指定のインクを継続して購入することになります。

 これによりインクを選択する際には、インクという塗料の性能ではなく自分が所有しているプリンターの規格に依存することになります。

 ただしこの「インクカートリッジ効果」に類似の仕組みは、実は日常あらゆるところに存在します。清涼飲料の自動販売機、携帯電話のキャリアなども、ある種類似の構造でしょう。

 その他、書籍『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』(妹尾堅一郎著/ダイヤモンド社)では「インテル・インサイド型」「アップル・アウトサイド型」という競争モデルが紹介されています。この2つのモデルも、ある意味では「他社へのイノベーション阻害戦略」の要素を持っていると推測されます。

 インテル・インサイド型が基幹部品を外部に提供して完成品を作るのに対して、アップル・アウトサイド型は部品を外部で作り完成品をコントロールするというスタイルですが、いずれにしろ、オープンな部分とクローズな部分を分けながらも、自社の利益に取り込んでいくという戦略です。

 大東亜戦争の後半では、「レーダーにより味方戦闘機を誘導する」米軍の重層防御思想が登場し、レーダー圏内では戦闘機単体の多少の性能差が、まったく勝敗に結び付かなくなっていきます。戦略からイノベーションへとサイクルが進むと、次に登場するのは「敵にイノベーションを起こさせない」ための阻害戦略なのです。