やばい土方歳三 ラブレターを見せびらかしてモテ自慢する

 土方歳三はもともと背が高くイケメンでしたが、新選組が有名になってから、さらにモテモテになりました。

 大都会の京都でモテたのがよっぽどうれしかったのか、歳三は芸者たちにもらったラブレターを、わざわざ「婦人恋文」という冊子にまとめ、親戚に送りつけて自慢します。

 芸者がお客に手紙を書くのは「またわたしを指名してね!」という意味の営業メールがほとんど。それを本気にして自慢するのはかなり恥ずかしいです。「婦人恋文」は残っていませんが、それといっしょに送った手紙はいまも残っています。歳三は俳句が趣味でしたが、残念ながらへたでした。手紙にも、浮かれまくった歳三の俳句が書かれています。内容を現代の言葉にすると、こんな感じです。


つまらぬものですが、「婦人恋文」をさしあげます。
おれが報国の士(国のために戦う武士)と知って女子たちが寄ってきます。
京都には○○ちゃんと××ちゃん、
大阪には△△ちゃんなど……。
ほかにもおれのこと好きな女子が2、3人いて手紙に書ききれないので、
とりあえずこれだけ書きます。

 報国の 心を忘るる 婦人かな
 (国のための 心を忘れちゃいそうで困るぜ 女子たちのせいで)

としぞう心の俳句 おふざけバージョン


 ちなみに、実家にいたころは「豊玉」というペンネームで俳句をよんでいて、京都へ行く前に「豊玉発句集」という冊子を実家に残していきました。

 これがまた「梅の花 一輪さいても 梅は梅」「しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道」といった内容で、自慢げに実家に残したわりには「うん、そりゃ……そうですね」としかコメントできない微妙な俳句です。

土方歳三(1835年~1869年)
時代:江戸時代
身分:新選組副長
出身:東京
別名:鬼の副長
新選組副長。局長の近藤勇の右腕となり、江戸幕府のために京都で倒幕派と戦いつづけ、北海道で戦死した。10代のころ女性問題で仕事をクビになったり、許嫁をふったりと恋愛話は数あるが、生涯独身だった。

(本原稿は、東京大学史料編纂所教授 本郷和人監修『東大教授がおしえる やばい日本史』の内容を編集して掲載しています)