日本史のおもしろさは、ずばり「人」にあります。
何か「すごい」ことを成しとげた人は、歴史に名前が残ります。でも「すごい」だけの人なんて、この世にひとりもいません。むしろ、ものすごい失敗をしたり、へんな行動をしたりして、まわりから「やばい」と思われているような人が、誰にもできない偉業をやってのけていることもあります。 だって、人生は長いのです。いい日も悪い日もあるし、年とともに変化だってあります。 いろんなことを考え、行動し、ときに失敗し、そこから学び、たまに成功する。カッコいい一面もあれば、ダサい弱点もある。
だからこそ、人はおもしろいのです!
「すごい」と「やばい」の二面から、日本史の人物の魅力に迫る『東大教授がおしえる やばい日本史』から、今回特別に内容を一部お届けします。

すごいフランシスコ・ザビエル 日本に初めてキリスト教を伝えた

 応仁の乱でボロボロになった日本にやってきて、西洋の宗教「キリスト教」を広めたのが、フランシスコ・ザビエルです。

 ザビエルはヨーロッパのナバラ王国の貴族の家に生まれましたが、6才のときに戦争で国が消滅。そのストレスで父が亡くなり、住んでいた城も壊され、戦争が心底いやになったザビエルは、神様に仕える司祭の道を選んだのです。

 ザビエルは6人の仲間とイエズス会というチームを結成し、世界中にキリスト教を広める活動をはじめます。

 インドで宣教していたザビエルは、薩摩(鹿児島)からマレーシアに逃亡中のアンジロウという日本人に出会います。アンジロウは人殺しをしたものの、罪を反省し、救いを求めキリスト教徒になった人。その信仰心に感動したザビエルは、日本に行くことを決意したのです。

 薩摩に着いたザビエルたちは守護大名の島津貴久から「宣教してもいいよ」と宗教を広める許可をもらいますが、仏教の僧侶たちが「バテレン(司祭)は僧侶をバカにしてる!」と怒ったため、平戸(長崎)や周防(山口)に移動。周防では日本初の教会堂を与えられ、600人もの日本人がキリスト教徒になりました。

 戦で人を殺したり家族を死なせたことで苦しんでいた日本人にとって、ザビエルの「神様を信じれば罪がゆるされる」という教えは大きな救いとなったのです。