しかし、当時は女性の営業社員が珍しかったため、営業先や取引先、さらには社内で冷やかされ、今で言うセクハラまがいの言葉を掛けられて自信を失います。

 すると、父親が入院していた病院の院長が初めてのお客さんになり、そこから自信を持ったのか、次々と契約を取るようになります。やがて木幡は、男を押しのけて働こうとする節子を避けるようになり、男性に従順な妹の水代に引かれるようになります。

 結局、木幡は水代との結婚を選択。「仕事か、結婚か」で前者を選ぶ形になった節子は新婚旅行に向かう木幡、水代を乗せた列車を浮かない表情で見送った後、すぐに吹っ切れたような表情となり、都心を車で疾走する場面で映画は終わっています。

 これは戦前の映画ですが、映画の描写を見ると、オフィス街のモダンな雰囲気に驚くとともに、会社では女性が補助的な業務に押しやられていたこと、そんな中で男性と同じぐらい働く女性が白い目で見られていた様子が見て取れます。そもそも「仕事か、結婚か」「仕事を選ぶ=失恋」を選ぶしかない状況こそ、女性の選択肢が少なかったことを表しているといえるかもしれません。

会社を中心とした社会システムの確立で
男性が会社で働き、女性は家を守る役割分担へ

 もちろん、それ以前の女性が働いていなかったわけではありません。むしろ、農村の女性は農作業や自営業、内職などで働いていたし、「工女」と呼ばれた若い女性が劣悪な紡績工場や製糸工場で働いていた様子は、第9回(「公的医療保険の原点が労働者保護であることが分かる映画『あゝ野麦峠』」)で述べた通りです。

 そして子育て支援を取り上げた第15回(「子育て支援策が遅れた理由を学べる風変わりな2本の映画」)で述べた通り、戦時中には女性も勤労動員に駆り出されており、一貫して女性が家庭を守っていたわけではありません。『東京の女性』の節子のように、男性と対等に会社で働く女性が少なかったという方が正確だと思います。

 さらに、戦後に入って男女同権の憲法が制定されましたが、会社を中心とした経済システムや終身雇用システムが出来上がっていくと、男性が会社で働き、女性は家を守るという役割分担になります。