「できないかもしれないこと」で、期待値を高めない
星野:現在は運営施設数も増えて、旅館の再建以外にも、いろいろなタイプの案件を任せて頂いています。ただ、共通して言えるのは、期待値コントロールがカギになっているということです。お客さまの満足度というのは「期待値に対してどうであったか」なのです。
いらしていただくための魅力は打ち出すけれども、その出し方も含めて、期待値をどうマネジメントするかはとても重要です。実際にお越しいただいた時に、事前の期待を超えるような提案をすることがカギです。
魅力を訴える時に、できない期待値を高めてはいけない。例えば、星のや富士という施設があるのですが、ここで「富士山が見えるリゾートです」というアピールはしないのです。
ムーギー:あ、見えないこともあるんですか。
星野:そう、曇りや雨だと、富士山が見えないこともあります。そのようなコントロールできない期待値を高めて集客するのは、一番してはならないことです。
ムーギー:確かに、富士山がいつでも見えると思って、行ってみたら見えなかったでは、がっかり具合が半端無いですからね。
星野:だから、星のや富士は、日本初のグランピングリゾートという部分を、魅力として打ち出しているのです。
ムーギー:グランピングって、何でしょう?
星野:グランピングは、グラマラスキャンピングの略で、一言で言うと贅沢なキャンプです。お客さまがグランピングというテーマに期待してお越し下されば、雨が降っていたとしても私たちはお客様に満足できる滞在を提案することができます。
さらに、その時にお部屋から美しい富士山や河口湖をのぞむことができれば、それはボーナスとして満足度が上がるかもしれません。必ず100%応えられる期待値を、しっかりとコントロールするのは、非常に大切なポイントです。
ホスピタリティ産業で、日本企業が負ける理由
――人は凄いが、企業はすごくない!
ムーギー:御社を見ていても、非常にホスピタリティが高く、それが競争力につながっているのだと感じます。しかし、国際的なホスピタリティ産業の会社というと、欧米がほとんどです。日本は、サービスの質が高いわりに、ホスピタリティ産業で、世界に進出できていない。なぜ世界に、日本発のホスピタリティブランドが無いんでしょうか。
星野:日本のサービスは世界一だと思いますが、それは企業の競争力によって世界一になっている訳ではありません。スタッフ一人一人の属人的な能力で、日本のサービスレベルは高く保たれているのです。
ムーギー:なるほど。仕組みが整っている結果、サービスの質が高いわけではないのですね。
星野:そうです。そして、それは世界では通用しないと感じます。世界にはさまざまな人がいて、働くことの概念が違う場合があります。家庭と仕事の重要度一つをとっても、日本では社員が仕事を優先することは多いですが、海外では必ずしもそうではありません。それから宗教と仕事の概念もあります。例えば、バリの文化では、とにかくバリ・ヒンドゥのイベントを最も大切にしています。
価値観や習慣、さまざまな文化がある場所で、日本と同じようにホテルを運営するには、どうしても仕組みが必要なのです。ところが日本は日本人という、もともとホスピタリティが高い人たちを雇っていましたから、仕組みが無くてもいいサービスが提供できていました。
そのため、海外に日本のホテル会社をはじめホスピタリティ産業が進出した時に、それまでの仕組みが通用しないという現象が起こったのだと思います。現地の人たちと仕事をする時に、日本から見ると常識の範囲内と思うことが、常識ではない。さまざまな人を動かす仕組みに関しては、アメリカ発やヨーロッパ発の外資運営会社の方が、はるかに優秀だということが起きています。
特にアメリカは多宗教、多民族、多文化の国です。社員がどんな文化でどんな習慣を持っていたとしても、同じレベルのサービスを提供させる仕組みづくりは、1番進んでいると思います。