国内外で37の施設を運営する星野リゾート代表の星野佳路氏と、著者であるチャン・キム教授(INSEAD)に任じられ『ブルー・オーシャン・シフト』の日本企業ケースを執筆したムーギー・キム氏の対談前編。星野リゾートというブランドを確立し、着々と運営規模を広げる星野氏に、国内外での戦略を聞いた(構成:肱岡彩)。
真の顧客は宿泊客ではない?
ブルー・オーシャン・シフト研究所日本支部 代表
慶応義塾大学総合政策学部卒業。INSEADにてMBA(経営学修士)取得。外資系コンサルティングファーム、投資銀行、米系資産運用会社、香港でのプライベートエクイティファンド投資、日本でのバイアウトファンド勤務を経て、シンガポールにてINSEAD 起業家支援企業に参画。
INSEAD時代に師事したチャン・キム氏に任じられ、世界中に拠点を有するブルー・オーシャン・シフト研究所の日本支部の代表として、新刊『ブルー・オーシャン・シフト』では、付録の日本ケースの執筆を担当している。著書に『一流の育て方』(ダイヤモンド社)『最強の働き方』(東洋経済 新報社)、『最強の健康法』(SBクリエイティブ)などがある。』
ムーギー:『ブルー・オーシャン・シフト』は、競合がひしめくレッド・オーシャンから、既存の競争軸を変え、業界の境界を引き直し、新たな価値を提供するブルー・オーシャン市場へとシフトする必要性を説いた1冊です。
中でも、他社が激しく競争をして提供しているけれども、実はお客さん欲しがってない要素を取り除き、本当にお客さんが欲しがっている要素を増やすことで、戦略にメリハリを付けることを重視しています。
本書では、海外ホテルのシチズンMが取り上げられているのですが、このホテルは「旅慣れた人向けの、手の届く高級ホテル」という新市場を開拓しました。例えば、顧客がホテルを選ぶ決め手にはなっていない、フロント、コンシェルジュサービス、ベルボーイ、ドアマンといった要素を簡素化しています。そこで浮いた余力を、素晴らしい睡眠環境を提供することに向けました。大きなベッド、遮音性の向上、上質なリネンなどの要素は充実させたんです。
一言で言うと、5つ星のホテルのようなラグジュアリーさ、格式といった軸では、競争をしなかった。大胆にいらないものは諦めて、それで浮いた資金を、従来獲得することの出来なかった“非顧客層”が本当に欲しがっているところに費やして、顧客から高い支持を得ました。
星野:なるほど、なるほど。
ムーギー:ホテルや旅館業界は、一般的には競争が激しいと言われていると思います。御社は『ブルー・オーシャン・シフト』に出てきたシチズンMとはまた異なり、非常にユニークな成長を遂げられていると感じています。
御社の場合、事業をなさる上で、バッサリと取り除いた要素、競合他社が提供していない新しい要素には、どのようなものがあるのでしょうか。
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国のコーネル大学ホテル経営大学院修士課程へ。1991年に先代の後を継いで星野リゾート代表に就任。以後、経営破たんしたリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組みつつ、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO」などの施設を運営する“リゾートの革命児”。2003年には国土交通省の観光カリスマ百選に選出された。
星野:私たちが競合と違うポイントは、いくつかあります。
まず、1番大きな点は、施設を所有しないことです。都市型ホテルでは、運営会社とオーナーが分かれて、施設を所有せず運営に特化する業態は一般的でした。けれども、リゾートや温泉旅館のカテゴリーで、運営だけを担当するというのは、まさにブルー・オーシャンで、業界初めての取り組みなのではないかと思っております。
ムーギー:確かに大きなホテルだと、所有と経営が分離しているのは、特に海外では当たり前ですね。ただ、地方の温泉旅館で、所有と経営を分離している例は無かった。
星野:そうです。意外かもしれませんが、温泉旅館を所有したい人は沢山いました。ところが、所有と運営がセットになっているので、「運営をしなければならないなら、投資もしない」と、所有を諦める人が多かったのです。
そこに、「温泉旅館でも、運営だけを行います。しかも、運営の仕方が少し特殊なので、収益も通常の運営より高くなります。」と提案したのは、私たちが最初でした。
ムーギー:温泉旅館の運営に特化した会社は、今も無いんですか。
星野:一部、小規模で運営されているところは出てきました。けれども、私たちのように、ある程度の数を抱え、規模を生かした方法で運営のみを行う会社は、いまだに無いのではないでしょうか。所有して、かつ運営もしているというところはありますが、所有せずに運営のみを行っているのは、私たちだけだと思います。