「日本旅館」にこだわる原体験
――和服を着ずにスーツを着て抱いた大後悔

ムーギー:お話を伺っていると、星野さんの「日本旅館」というカテゴリー創出にかける強い思が伝わってきます。このように考えるに至った原体験が何かあったのでしょうか。

星野:私は104年続いているこの会社で、旅館の4代目の後継者として育ってきました。幼い頃から祖父といると、「うちの4代目です」と紹介されていました。跡を継ぐことに、何の疑問も持たずに育ったのです。
 ただ私は、父の経営していた温泉旅館を中学生や高校生の時に見ていて、正直に言うと格好悪いと思っていました。格好悪いし、嫌な仕事だと思っていたのです。建物は古くて汚いし、宴会をして酔っているお客様もたくさんいらっしゃいますし。
 ところがハワイやカリフォルニアに旅行すると、ビーチ沿いに格好良いホテルが並んでいるのです。私が継いだら、このボロボロの温泉旅館を壊してカリフォルニアにあるような格好良いホテルに変えようと、こう思っていたのです。

ムーギー:今の星野さんのお話を聞いていると、そんな過去があったなんて信じられないです(笑)

星野:そんな思いを抱えながら、コーネル大学のホテルスクールに留学しました。ある日、フォーマルな場が設けられ、そこに参加したのです。事前に服装についても場に合ったものを着てくるようにと指定されていたので、私はスーツを着て行きました。すると、同級生から怒られたのです。
 世界中から留学生が集まっていたのですが、インドの人も中東の人もそれぞれの民族衣装を着ている。同級生は、当然私が和服で来ると思っていました。侍の格好をしてくるのではないかという期待までしていたのです。ですから私のスーツ姿を見て、「国際色を出したかったのに、どうしてイギリス人の真似をしているのか」と尋ねてきた。
 私はそこで、同級生に見下されたように感じたのです。「日本人というのは、もしかして西洋に憧れているのか?」と。そこから意識が急に変わったように思います。

ムーギー:日本の伝統文化を見直す、原点回帰のような出来事だったんですね。

星野:将来私が軽井沢で父の跡を継いだ時、父の旅館を壊し、海外にあるようなホテルに建て直したりしたら、それこそ「本当は西洋に憧れているのでは?」と言われてしまう。それは嫌だと思ったのです。
 私の使命は、格好悪い旅館を格好良くすることであって、それを西洋のホテルにしてはいけないのだということに、初めて気づいたのです。

ムーギー:なるほど。

星野:そこで、「日本旅館であるけれども、格好いい」ということが、私の中での大きなこだわりになりました。いまだにそうです。案件を受けて、企画開発の過程でさまざまなことを検討している時に思い出すのです。私の当時の同級生が見た時に、「本当は西洋に憧れているのでは?」という風に言われないか。それが、私の中で最終判断の基準になっています。

ムーギー:だから日本の伝統文化の良さを発信している。

星野:そうです、日本や、地域などの良さです。当時の同級生が知らないものを出したいと思っています。

ムーギー:「イナゴの佃煮なんか食べるの!?」みたいな。

星野:そうそう、「これはこの地域の大切な文化である」と。「まあ君には食べられないだろうけど」というぐらいに、オーセンティックなものをつくっていきたいと考えています。そうすると、彼ら彼女らは「さすが」と言ってくれる。さすがと言われるものにしていかなければならないと思っています。

ムーギー:どこでもグローバルスタンダードに近づいていくからこそ、「ここでしか食べられない」という希少性や、地域の伝統を生かした体験に、より一層価値が出ているのかもしれないですね。

星野:「おもてなし」というのは結局のところ、ご当地自慢であると考えています。「ここに来たら、これを食べて欲しい」というものを、たとえ相手が知らないものであっても出すのです。「何が食べたいですか」「何がしたいですか?」と聞くのは本来の「おもてなし」ではない。その人の知っているものの範囲でしか、希望は出てこないのですから。
 おもてなしという、ご当地文化の押し付けを楽しんでもらう。「旅の非日常感を味わった」と言って下さるお客様にこそ、喜んで頂きたいのです。単にお客様の要望に応えるサービスは誰でもできることであり、自身のこだわりを伝えようとする時にサービスを差別化することができるのです。

世界中に「格好良い旅館」が必要だ!和服を着ずに、スーツを着てしまった大後悔