唯一無二の存在になれていないと
あっという間に抜かれる
朝倉 拙著『ファイナンス思考』にはリクルートを含めて、リスク・リターンを鑑みて未来の事業価値向上をめざすようなファイナンス思考を実践している企業事例を挙げています。これらの企業に共通しているのは、強烈な挫折や不祥事、マーケットの消滅といったことに端を発する危機感がきっかけとなっています。ただ、リクルートの場合は、もともと起業家精神や当事者意識を大事にしているカルチャーゆえに、新規事業が生まれているのですね。
山口 一般に、メディア事業は参入障壁が低く、ロープライス型の市場破壊を受けやすいですから、唯一無二の存在になりきれていないと、あっという間に抜き去られる危険がある。何かの危機に背中を押されてというよりは、みずから圧倒的な価値を生み出し、必然として社会をイノベートするようなことをやるべきだ、というところまで、思考が昇華している気がします。
朝倉 会計やファイナンスの勉強はともすると、財務経理以外の営業や研究開発の人には関係ないと思われがちなのですが、山口さんは大学を出た後、公認会計士の受験をめざして会計を含めて経営学などを勉強されていたとか。やっていてよかったと思われるのは、どういうときですか。
山口 大学を出た後、公認会計士の受験をめざして簿記やマクロ・ミクロの経済学、経営学などを3年間かなり真剣に勉強していたんです。損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー(CF)計算書の流れや、資本回転率や資本投下収益率といった指標も含めて学んだベースは、ビジネス上でかなり役に立ったと思います。
決算報告や財務諸表を深く多面的に読み込めると、企業の真の姿をとらえやすい、というメリットはありますよね。たとえば、短期的に赤字や累損(累積損失)が積み上がっていたりすると、特に日本ではすぐに「この会社(事業)はまずい」なんて言われがちです。でも、累損がたまっていきながらも、売上など大事なKPIが不連続で伸びているとすれば、もしかしたら誰も真似できない参入障壁を築いている可能性もある。
スタディサプリの場合も、短期的なPL脳で考えれば、たとえば塾・予備校から始めるという考え方はあったと思います。
朝倉 たしかに選択肢としてはありますね。
山口 でも、スタディサプリを圧倒的な教育イノベーションに育てたかったし、リクルートの経営陣もだからこそ意味があると考えていた。一般に、「いい教育は圧倒的に高い」と言われるなかで、「いい教育でも圧倒的に安く、誰でも受けられる」という新しい世界をつくりたかった。だから一気にコンテンツへの投資をして、有名講師による授業動画を仕込みました。今では、小学校4年生から大学受験生までを対象とした、4万本、1万5000時間分がそろっています。
それも、仮に利用料を3万円もらっていたら損益分岐点も低かったものを、公共料金並みの980円と、約30分の1で提供しているので、超長期で回収するモデルです。でもそれが可能なのは、大企業ならではないでしょうか。