シニア向けのゴルフクラブ

けっして押してはいけない心のスイッチの、別の例をお話ししましょう。
ゴルファーの多くは、50歳以上のシニア男性で、腕前はスコア100を切るかどうかという中級者(アベレージゴルファー)です。
ゴルフ歴が長く、ゴルフについての知識も豊富でうんちくを語らせたら止まらないという人も多くいます。

男性ゴルファーにとって、「豪快に飛ばす」ことは自慢できることですし、爽快感を得られる大事なポイントのひとつです。しかし、年齢とともに筋力が衰え、飛距離もだんだん落ちてきます。シニアゴルファーの多くは、道具つまりゴルフクラブで、その衰えをカバーできればいいなと思うようになります。
しかし、ここで表立って「このゴルフクラブなら、筋力が衰えてきたシニアなあなたでも、豪快に飛ばせます」とアピールしたら、このクラブは売れるでしょうか?

そう。シニアゴルファーのプライドを傷付けて、イヤな気持ちにさせるため、けっして売れないでしょう。
このクラブをもってラウンドしたら、ゴルフ仲間から「力がなくなってきた年寄りが、クラブの力で飛ばそうってわけだな」とからかわれるのは目に見えています。
いくら「衰えを道具でカバーしたい」という気持ちがあっても、その心のスイッチを押してはいけないのです。あくまで、それはゴルフショップの店員が、そっとアドバイスすることであって、表向きは「若いゴルファーが、さらに飛距離を伸ばす」アピールでなくてはならないのです。

それは、ゴルフ歴の長い中級者(アベレージゴルファー)向けのクラブにも当てはまります。
中級者の多くは、ボールが曲がる、スライスやフックに悩んでいます。スキルが高くない中級者がまっすぐに飛ばすには、スイートスポットが大きく、打ち易いクラブがいいのですが、けっして「下手な人向け」と感じさせてはなりません。また、初級者向けのような「簡単なクラブ」とアピールしてもなりません。うんちくを語るようなゴルフ好きのプライドを傷付けてしまうからです。

このように、ニーズがあっても、その心のボタンを押しさえすればよいというものではないのです。
そのボタンを押すと、そのボタンを押されたターゲットは、どういう気持ちになるか、どういう行動を取るか、一度シミュレーションをしてみることが肝要です。
インサイトは、調査や心理探索だけで完結するものではけっしてありません。狙い通りの効果が出るか、結果をきちんと見定めてから特定する必要があるのです。