精子の品質無視の発想は
「ウシの繁殖」から生まれた

 胚培養士マニュアルには、「どのような性質を有した精子を注入すれば安全か」、すなわち「精子の質的保証」に関する記述は見当たらない。現状の精子選別基準は、運動精子=良好精子と考えられ、「1匹でも運動精子がいれば顕微授精で妊娠できる」と宣伝されている。

「現場ではこの点に関する認識も極めて甘く、顕微授精の手技そのものは医療技術ではないと言い切っている専門家もおられます。しかし、1匹の精子を選ぶことは命の選択になります。また顕微授精は、卵子における『微小細胞外科』という概念に入り、生命を誕生させるという大変に責任が重い医療行為になると考えられます。医療行為には必ずリスクが伴うのです。顕微授精も例外ではありません」

 また、不妊治療に用いられる精子側の技術は、家畜繁殖業界から導入されたという背景があり、このことも問題だという。

 例えばウシの場合、約10万頭の候補から個体選抜された1頭の雄ウシが「種ウシ」となって、一元的にメスに精子を提供する。すなわち選び抜かれた種ウシの場合、精子の品質が極めて良好で精子間にばらつきがなく、運動精子であれば、DNA構造も含む精子機能もほぼ全て正常であるという「精子性善説」が成立している。言い換えれば、種ウシにおいては「運動精子」=「良好な質の高い精子」というシンプルなロジックが成り立っているということだ。

 一方、上述したように、ヒトの場合は、頭部の外周形状が楕円の運動精子の中にも多様な機能異常の精子が混在しており、「精子性善説」が成立していないという。

「ヒト精子においては、運動精子イコール良好な精子ではありません。妊孕(ようにん)性(妊娠のしやすさ)が認められた男性の運動精子であっても、その中に質の悪い機能異常の精子も混ざっています。まさにヒト精子についても、種ウシ精子と同じように考えてしまったことに、大きな落とし穴があったのです。また顕微授精の対象となる、重い精子形成障害が見られる男性の精子機能を詳しく調べてみると、運動が良好な精子であっても、様々な機能異常が見つかることの方が多いのです」