実は、死因の1位から3位のがん(27.9%)、心疾患(15.3%)、脳血管疾患(8.2%)についても、「平均寿命以上の高齢者については、その死亡の遠因はほとんど老衰とみていいでしょう」と指摘する医師は少なくない。

 2017年の死亡者134万人のうち75%は75歳以上の後期高齢者で、65歳以上の高齢者になると90%を占めてしまう。亡くなる人はほとんど老人である。多死時代は老人死の時代ということだ。そして、平均寿命の80歳を上回る高齢者だけでも63.5%となる。

 ということは、実は加齢に伴う全身の衰弱、つまり老衰死と見なしていいケースが半数を超えているとみていいだろう。それにもかかわらず、4人に1人は病院・診療所で亡くなるため、あえて病名を付けられることが多いと推測される。「医療とは病名を見極めて治療すること」という思い込みが医療界に浸透している。このため、死亡診断書に老衰と書くことをためらう病院の医師は多い。

 誤嚥性肺炎(死因の2.7%)や認知症(死因の1.5%)は老衰と表記すべきかもしれない。それに先述の肺炎(7.2%)の多くも含まれるだろう。がんや心疾患、脳血管疾患の中にも老衰と見なしていいケースがかなりあると思われる。これらの数値を集めると、最終的に老衰死が少なくとも30%は超えてしまい、死因の第1位に躍り出て来るだろう。

 だが、日本人の死に場所が病院から施設へ移りつつある。施設での個室化が進み、第2の自宅という意識が利用者に高まったことに加え、家族が老衰死を歓迎し始めたことも大きい。管につながれた延命治療より、「生き切って命を閉じる」ことを選び出した。「大往生」という言葉がよみがえりつつある。

 死因として老衰死が大半を占めるようになれば、日本人の死生観が根底的に変わるだろう。「老衰で死ぬ人は多く、老衰で死ぬのが当たり前」という意識が広まれば、延命治療への抑止力となる。欧米並みに、自然な死を受け入れる時代がより早まる可能性が高い。

 延命治療への依存から抜け出すためには、医療界だけでなく国民意識の転換も必要だろう。医療技術の進展は近代科学のシンボルでもある。だが、命に限界があるのは自然の摂理。科学と自然のはざまにあるのが今の老衰問題ではないだろうか。その論議を深める第一歩が死亡統計である。「書き換え」をやめて、ありのままの姿を公表すべきだろう。

(福祉ジャーナリスト 浅川澄一)