懐古趣味という
ぬるま湯の功罪

 こうした飲み会の趣旨は何でしょうか。飲み会に明確な目的など不要ではありますが、あえて言うなら「昔を懐かしむ会」でしょうか。懐古趣味です。

 要するに一杯飲みながら、昔話に花を咲かすわけです。正直に言って、これは確かに面白い。

 会社時代の飲み会は、会社や仕事のグチが多くなりがちです。しかし、「昔を懐かしむ会」ではそれほどグチは出ません。せいぜい定年後再雇用の給与がいかに安いか、退職金が思ったより安いかなどですが、それも皆が口々に言い出すわけではありません。多くの人は、どちらかといえば、グラスを眺めながら口をつぐんでいます。なぜなら皆、不安も不満もあるのですが、それを口に出して憂さを晴らす年代ではないからだと思います。

 グチがあまり出ませんから、その場が楽しいのは事実です。長くいた会社の同期であれば、自分が新人の時の話、若い頃の冒険談や失敗談、昔いた嫌いな上司の噂など。そうした昔話は掛け値なく楽しいと思います。同じ釜の飯を食った者同士のアットホームな会です。

 それだけではありません。皆、思ったより自分のことを見てくれていて、評価してくれていたのだということがわかると、自己承認欲求も満たされます。自分の過去に対する自己肯定感も高まります。それはそれでいい話です。精神衛生上、大変いい効果です。

 しかし残念ながら、そこからは何も生まれません。ぬるめの温泉に浸かっているような心地で大変に気持ちがいいのですが、そこから出たくなくなる。寒い温泉地でぬるめの温泉に長く浸かって外に出ると、注意をしないと風邪を引いてしまいます。そんな状況に似ています。

 昔語りのぬるま湯にどっぷり浸かりすぎると、次第に未来に背を向け始めます。少なくとも、見ないようになります。そうすると、老け込むスピードは早まるような気がします。

 それは怖いことだと思います。

ぬるま湯中毒になると
行かなかった会が気になる

 もっとも、昔語りもたまの話であれば、楽しいのだからいいじゃないかと割り切れますが、そうした誘いが次から次へと来るようになると問題です。

 その誘いすべてに出られるわけではありませんが、それでもせっかく声をかけてもらったのだからと、できるだけ出ようと頑張りました。なぜなら旧友はかけがえのない存在だからです。それでも、半分ぐらいは先約があったり出張していたりで断らざるを得ませんでした。