グローバルニッチに向けた中国展開

山口 ブランドとしては、数年後の目標をどんなふうに立てていらっしゃいますか。

ハヤカワ ニッチなブランドを伸ばしていくには、おそらく2つの戦い方があって、マーケットを拡大するか、ニッチ向けをやめてターゲット層を広げるかですよね。私はあくまでニッチブランドとして継続していきたいので、前者の方向を選んで国外の展開を目指しています。それで最近、中国づいているんです。

山口 グローバルニッチを狙うんですね。チャネルの組み方をどうするかが大事になってきますね。現地に行ってみてどうでしたか。

ハヤカワ 人口が日本の10倍いるということは、イケメンも美女も金持ちもみんな10倍いるのであって、全体に対する色々な層の構成比は日本とほぼ同じだなと感じました。もちろん、厳密に言えば、貧困層の割合が多いとか違いはあるでしょうけれど。だから、私たちのブランドのように、ニッチなものは向こうでもニッチだ、とわかったことがすごく収穫でしたね。

山口 マーケティングの機能や人材という点では、ご自身で担ってきた部分と、採用・育成で補完されてきた部分とあると思いますが、どういう変遷を経てこられましたか。

ハヤカワ それが、すごく悩みどころなんです。いまマーケティングについては社内で私だけが担っていて、属人的すぎるので解決してきたいと思ってます。ブラックボックス化してしまっているところを、今後の成長のためにも、もう少し仕組み化したいです。
 あとは、いわゆるMD(マーチャンダイジング)と呼ばれる商品仕入れの機能も、マーケティング要素が強くて然るべきだと思うんですが、職業としてマーケティングとMDは分かれてしまっているので、外部から採用しようと思っても、その経験をどう測るべきか悩ましいですよね。この分業のカベについては、ほかのアパレルの方との間でも課題だねって話しているんですけど。「MD」の「M」はマーケティングにしたらいいと思います。

ミニ・ハヤカワでない人材を育てるには?

山口 ハヤカワさんが一手に担っているマーケティングについて、採用・育成して移行していくことが課題なんですね。ただ、ブランドの場合は言語化できないバランス感覚で価値が成り立っているところがあるので、それを他の人に引き継げるのか、というのが皆さん共通して悩むところです。

ハヤカワ五味さんはどのようにミスリードしない発信法を学んできたのか?自分に代わるマーケター採用・育成について語るハヤカワさん

ハヤカワ そうなんですよね。言語化できるよう頑張っているんですけど、それが伝わるかというと、バックグランドが違う人には別の読み方をされてしまうこともあるし。私と同じようなマーケッターを作るには、同じぐらいインプットをしなきゃいけないのでしょうけど、それも難しいし…

山口 僕も正直に言えば、若い人の育成は得意じゃないんです。特に本の中で触れているマーケターの6つの成長段階でいえば、ステージ3から6まで引き上げるのは割と得意なのですが、前半のステージ1~3という新卒から数年目ぐらいまでの育成は本当に下手だという自覚があります。そこがうまい人は、相手の感情に寄り添えるし、子育てに通じるような粘り強さが求められますよね。
 基本的に、新人の研修や育成は、常に社内で得意そうな人に任せてきてしまったので、私も良いアドバイスはできません(笑)。最近、9歳の子どもの子育てを通じ、すごく時間がかかったけど引き上がったシーンがあったので、ようやく「新人育成とはこういうことか!」と少しだけ理解できた気がしました(苦笑)。

ハヤカワ 今の日本の会社の新卒一括採用の仕組みでは、入社後に「育てること」が前提ですから、それを当たり前と考えている応募者が、みずから育つ小鹿式の育成を志向する会社に入ってしまうと、お互いが不幸になりますよね。

山口 僕の場合は、仕事の全体像を設計して、プロジェクトマネジメントの要領で「君はこのモジュールやって、僕にトスしてくれればいい」という小口で区切った任せ方をしてしまいがちです。でも、モジュールを細かく切りすぎると、任されたほうは自分への要求が低いんだと感じ、マインドセットが低くなって成長につながらない。この現実と自分の仕事の進めやすさの相反はありますね。だから、自分が引き取るという姿勢を見せず、最後まで責任をもって仕上げてもらうよう見せつつ、何かあればフォローする。この塩梅はいまでも苦労します。

ハヤカワ 本当に難しいですよね。自分の不得手な部分をある程度までは許容するとしても、本当にできないところをいつ受容するかは大事だと思ってます。

山口 そうですね。経験則に過ぎないアドバイスですが、若いうちは「まずはやってみる」が大切と思います。やってみると、案外うまくいってて、自分の能力や考えの間口が広がることもあるんですよね。その間口を拡げるトライを20代までしまくって、30代半ばくらいからは、「自分がやってもうまくやれないこと」は意固地にならず、避けるか他の人にやってもらう。そのくらいの時間軸で方針を考えるといいかなと思います。
 それから、自分の仕事でよかったなと最近すごく思うのは、顧客調査やグループインタビューに立ち会う機会があることです。そういう場では、高校生やシニアなど普段あまり会わないような層の考え方にさらされるわけです。都心で、マーケティング業務で、顧客は大手企業で…という偏った狭い世界で毎日過ごしていると、それ以外の世界がわからなくなるし、わかろうとしなくなるのは危険ですよね。顧客調査の立ち会いによって、自分の価値観が相対化され、視野が狭くならずに済んでいる実感があります。

最近の起業は、実家が恵まれた人のトライに…!?

ハヤカワ 私も自分の感覚を広げておきたい、というのは意識しているところです。きっかけは、知り合いの記者さんに言われた一言で「最近の起業家層は、高学歴で家柄のいい人が多くて、すごく偏っている」と。

ハヤカワ五味さんはどのようにミスリードしない発信法を学んできたのか?ベンチャーが格差の再生産装置になっている、と山口さん

山口 そう思いますね。ベンチャーは20年ぐらい前まではまだ山師みたいな人もゴロゴロいましたが、今は実家が太い人のトライが増えた印象があります。就活中の学生に聞くと「ベンチャーを興したり、ベンチャーに就職で行けるのは、能力に自信があるだけでなく、実家に資産がある恵まれた人たちだ」と言っていたんです。大学生たちがそんな見方をしていることは衝撃でした。でも、そう言われて、ベンチャーを立ち上げて成功した知り合いを見渡すと、確かに実家が裕福なケースは多い。もちろんすべてのベンチャーの人がそうではないのですが、リスクをとれる余裕がある家庭の人がリスクをとって、ますます富を積み上げてる構図でもあり、ベンチャーが格差の再生産装置になっているんだ、と痛感しましたね。

ハヤカワ 本当に、視線が偏りやすいことは実感してます。だからこそ私も普段、いわゆる大衆飲み屋で隣のおじさんに話しかけたりするんですよ。すると、こんな古い男女感が今もあるんだ、とか、仕事にこれだけ文句を言ってるのに転職はしないんだ、とか、自分やごく近しい人たちとは違う発想が垣間見られる。こういう感覚を意識して取に行かないといけないと思ってます。人間って自分を過信しているところがあるので、自分の居場所を知るためにもそれ以外を広く知らなきゃいけないということは感じてます。

山口 話せば話すほど思うんですが、ハヤカワさんはお若いのに、どうしてそこまで自分を客観視できているんですか(笑)。僕が20代の頃は、自分をもっと過信していて、徐々に真に優秀な人や天才と会うことで、自分がもっていた大いなる誤解を思い知ったわけですけど。

ハヤカワ ビジネスを始めたのが早かったし、自分に踏み込んでくるタイプのいいメンターに出会えた影響も大きいですかね。あとは、私個人とは別に「ハヤカワ五味」という別の人格があったおかげで、みずからを客観視せざるを得なかったのかもしれません。

山口 メンターって大事ですよね。経営者になっても厳しいことを言ってくれるというのもあるし、やっぱりこの人に評価される自分でありたい、と思います。

ハヤカワ 最初は、自分の中に絶対的な評価軸をつくれないじゃないですか。でも、会社の評価軸は自分に合わないこともある。長期的に他人の評価軸に依存しすぎるのはよくないですが、短期的に複数の評価軸を得られるのはいいことだと思います。私の場合は、クリエイティブディレクターの岸勇希さんとカヤックの柳澤大輔さんというまったく違うタイプの2人が初期のメンターで、同じ質問を投げても絶対に違う答えが返ってきた(笑)。そのなかで自分はどこに身を置くのか、三角で思考をとらえられたのはよかったです。ラッキーだったし、すごい感謝してますよね。