駅の名前は多くの人にとり
「名札」であり「表札」

 駅名とは、端的に言えば駅を判別するための記号である。ニューヨーク地下鉄や札幌市地下鉄の一部区間のように、通りや交差点の名前を付けてもいいし、北朝鮮の平壌地下鉄のように「栄光」「革新」「統一」など革命思想のスローガンを付けてもいい。あるいは、ここ10年で導入が進んだ駅ナンバリングのように数字とアルファベットだけで区別する方法もある。しかし多くの人にとって駅名は、駅を区別する名札であると同時に、地域の表札としての役割も期待しているはずだ。

 鉄道の駅名で使われる地名は、時代を追うごとに、原則としてより「小さな単位」になっていく。明治時代の鉄道は、品川、川崎、神奈川(現在は廃止)など街道沿いに点々とする旧宿場町を中心に駅を設置した。利用者が増えると駅間の町や村にも駅が設置されるようになり、電車の運行が始まるとさらに駅も増えていく。

 この流れは京浜東北線の駅名でみると分かりやすい。前述の川崎・品川に加えて、蕨・浦和・大宮など19世紀に開業した駅は江戸以来の宿場町。蒲田・大井町・川口・与野などは20世紀の初めの開業である。1930年代には東十条、北浦和など東西南北を冠する駅名が登場し、戦後に西川口・南浦和・西日暮里が開業している。こうした「東西南北」や「新」を冠する駅名は、風情がないと批判されたこともあったが、多くの住民にとっては代々伝わる地名よりも、自分が属する街の名前に方角を加えた駅名の方が、地域の表札としてふさわしいと受け止めたのである。

 90年代に入って増え始めるのがひらがな・カタカナ交じりの駅名だ。天王洲アイルや東京テレポート、2000年代に入って品川シーサイド、流山おおたかの森、流山セントラルパーク、越谷レイクタウンなどが開業しており、今回の高輪ゲートウェイや虎ノ門ヒルズもその系譜に位置付けられるだろう。

 これらは地域の開発と連動して設置された駅という共通点がある。それまで何もなかった土地に、新たな街づくりを進めていくにあたって、そのブランドやコンセプトを示すキーワードを設定し、駅名にも掲げるというものだ。だが多くの場合、駅名が決まった段階では街づくりは進んでおらず、広大な開発予定地に珍妙な名前だけが突出するから、微妙な空気につつまれる。