辞任した取締役の中には、機構がゾンビ企業(不振企業)の救済機関になりかけていたことを、辞任の理由に掲げた人もいる。

 だが、不振企業なのか、将来、発展する企業なのかを事前に知るのは難しいし、税金を投入している官民ファンドの性格を考えれば、成長性はあるかもしれないがリスクも大きい事業や企業への投資を、多くの国民に納得させるのは難しい。

 ゾンビ企業を救済しただけなのか、ということも含めてすべて結果を見るしかない。ここにも、官民ファンドの限界がある。

 もし、官民ファンドに粋を感じて、産業革新投資機構に参加した民間人であれば、その見識さえあれば、民間だけで十分に資金を集められ、民間のファンドで日本経済に貢献できるようにも思える。

「官」で株式投資や産業育成は無理
「民」ではできないものが原則

 30年以上前に、筆者は、当時の通産省(現経産省)がやっていた「産業政策」というのは、本来はあり得ないないという内容の学術論文を書いたことがある。大蔵省から公正取引委員会事務局に出向していたときだ。

 論文は官僚に産業の動向などが見通せるはずはないので、産業育成なんて無理だという趣旨だった。

 政策を考える場合には、しばしば国際比較をするのだが、当時から産業政策に対応する英語がなかなか見つからなかった。「Industrial Policy」 という人もいるが、ほとんどその前にJapanese と付ける必要がある。

 つまり、産業政策というのは、日本独特のもので、先進国での例を探すことはほとんど困難だ。

 それでも、良いことをやっているならいいが、外国人に説明すると、「どうして政府が育成すべきターゲット産業を見つけることができるのか、できるわけがない」。「日本の産業政策は政治家・役人の利益誘導ではないか」と言われてしまう。もっともな本質的な疑問である。

 そして政府ができないことの典型例が、株式投資だろう。

 そもそも、政府がするといっても、官僚は市場に関することに疎い。官僚自らが、株式投資できないのは明らかなので、民間から専門家を招聘して、官の組織で株式投資をしようとするのが、官民ファンドである。

 しかし、株式投資には絶対に儲かるということはないし、少なくない確率で損失がでる。しかし損失がでることを前提に、予め予算をとっておいてそれに対処するということは、国民が許すはずない。

 一方で、損がでたとしても、その投資を決めた人の責任を問うこともできない。