ここまでが、千葉雅也の言及している、『なぜ世界は存在しないのか』のポイントなのだが、本書『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』では、逆に自然科学の重要性が繰り返し強調されている。

 ガブリエルが否定しているのは、科学が唯一の意味の場となって、そこから人間が取り残されてしまうことであり、逆に、事実を認識して知識を獲得する手段としての科学については、人々が道徳観を形成する上で絶対的に重要であるとしている。

 相対主義というのは、「ものごとの事実などないと論じる」ものである。これを道徳に当てはめてみると、現代の人々の多くは、世界には様々な道徳観があるという「道徳的相対主義」が正しいと考えている。

 道徳的相対主義者は、西欧には西欧の、ロシアにはロシアの、日本には日本の道徳観があり、「これらの道徳観の善悪を決する基準などない」と思っている。しかしながら、もしそれが真実なら、「正義などなく、あるのは征服だけである」ということになる。実は、それがトランプの世界観であり、ビジネスモデルなのである。

トランプに代表されるような
権威主義的な人間が科学を攻撃する理由

 ガブリエルの新実在論は、こうした考え方を真っ向から否定する。相対主義が一般的に常に正しいのであれば、例えば、「子どもを拷問していいか」という質問も相対化されてしまう。ところが、実際にこうした質問をすれば、国や宗教のいかんを問わず、絶対多数の人間がNOと答えるだろう。それはつまり、世の中には「道徳的事実(moral facts)」が存在するということを意味している。こうした道徳的事実は、「他人の立場になって考えてみた時にわかる類のもの」である。

 但し、それは、自分が全ての事実を承知していて、状況を正確に理解していることが前提条件となる。もし知識と科学を攻撃する者がいて、そのねつ造に成功すれば、我々は道徳的になることが不可能になってしまう。例えば、気候変動を否定する人々は、科学の専門家を攻撃し、知識を葬り去ろうとしているのであり、これがトランプに代表されるような権威主義的な人間が科学を攻撃する理由なのである。

 そして、本書の一番重要なポイントとして、ガブリエルは最後に次のように語っている。